短編集
□彼恋ラプソディ
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「シュウさんシュウさん」
大きくて冷たい背中にスリスリと身体を擦り付けていると
「…なに。摩擦で熱いんだけど」
なんて冷たい言葉が降ってきたけどこれも何時もの事。私だけがいつもこうしてシュウさんに擦り寄って行っていて、彼の口からは私に対して愛の言葉も出て来てくれたことはない。それでも充分なんだ。こうして無理矢理彼の彼女にしてもらったんだから仕方の無い事だと思ってる。だから私から、愛を一杯一杯伝えたい。
気付いて欲しい。私の気持ちに。これだけ大好きでいても、彼は答えてくれない。その事実が実は酷く苦しい。「俺には大切な物なんて作らない。すぐに無くなってしまう物はいらない。だから俺はアンタと付き合えない」そう呟いた彼を私は包み込んであげたかった。その時の彼は、酷く儚げで、消えてしまいそうだったから。
「……俺に教えてくれよ…。人間共の言う愛、って奴…」
弱々しい声で呟く彼を見て、私が教えてあげたい。そう決意したのは良いものの、何にも伝わっていないと思う。何しろ吸血鬼と人間じゃあ、種族が違う。そう容易に行く訳がない。
「……ね、シュウさん。私が必ず、教えてあげますから…待ってて下さいね…いつか、必ず」
寝ているであろう目の前の背中に向かってそっと声を掛けると、帰ってきたのは安らかな寝息。
私も寝よう、そう呟いて目を閉じようとした瞬間、腕を引かれて気が付くとシュウさんの腕の中にいた。
「……起きてたんですね」
「アンタの声が煩くて起きた」
「あ、ごめんなさい」
目を擦りながらこちらを睨むシュウさんに謝ると
「……そうじゃない」
と返されて首を傾げる。何が違うのだろうか。
「アンタはいっつも俺に引っ付いてくる。それこそウザいくらい」
「……ごめんなさい」
「"私がシュウさんに教えてあげます"なんてでっかい口叩きながら凄く頼りない」
「……ごめんなさい」
「そのくせ"私はシュウさんの事が大好きですシュウさんの事は誰よりも理解しています"とか言っときながら全然分かってない」
「……ごめんなさい」
シュウさんからの言葉の攻撃に少し項垂れているとシュウさんの手が私の顎にかかり、くいっと持ち上げられる。
「……俺はアンタに気付かされてる。とっくの昔に」
「……え?」
「いっつも引っ付いてきてシュウさんシュウさん言いながら追いかけてきて必死で俺に愛を教えようとするアンタに…何故か凄く抱き締めたくなった。」
「……」
「俺がどんだけ冷たくしても…アンタは…」
そう言って優しく抱き締めてくれるシュウさんのいつもと違う様子に少し焦っていると
「真っ直ぐ向かってきて…」
上を向くととても優しい表情のシュウさん。
「酷く愛おしかった」
…それは、それ、は。
「……愛、を…」
私が、気付かせてあげられた?
「……ありがと、名無しさん。…これからも俺から…離れないでいてくれるか?」
「……もちろん」
良かった。涙で濡れた顔を上げると優しく唇が私のそれに押し当てられる。彼からの初めての愛は、酷く温かく、心地良かった。