短編夢

□君のキスは砂糖の味
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ピピピピ…

嫌と言うほど聞き慣れた無機質な音で由希は重たい瞼をこじ開けた。

月曜の朝。カーテンの隙間からこぼれる日の光は腹が立つほど清々しい。昨日の夜はギリギリまで某動画サイトで可愛らしい子犬の動画をあさっていたため若干の寝不足である。

下瞼と仲良くしたがる上瞼を軽く擦り、上半身を起こそうとしてやけに体が重いことに気がついた。風邪を引いたときに感じるような倦怠感ではなく、何かが体に乗っているような…
猫も犬も飼っている覚えがないため、恐る恐その重さの原因を探る。

そっと布団をめくると自分のお腹と、そこに巻き付く人間の腕があった…
体をよじって腕の元をたどると、そこには人が横たわっている。チワワのような白いフワフワとした髪。顔は由希とベッドの間に埋まっていてほとんど見えないが、端整な顔立ちであることがうかがえる。

「…悟…?」
2週間程会えず、音沙汰もほとんど無かった恋人が、何故か自分の腰に巻き付いてる。思わず小声で名前を呼ぶが、「んー…」と、眠そうに返事だけして腕に更に力を込められた。
苦しくはないが余計に動きにくくなった…

久しぶりに会えた恋人の顔に思わず頬を緩めるが、はた…とする。昨日の夜は確かに自分ひとりで、ドアにはチェーンもかけて眠ったが?
「ちょっと、アンタどっから入ってきたの?」
「ン…?窓」
「いやここ5階だし」
「僕くらいになると5階も1階のようなもんだよ」
「なるほど分からん」
由希は考えることをやめた。
枕元にあったスマホを充電器から外し、時間を確認すると、刻々と出勤の時間が近づいている。
さすがにそろそろ起きないとヤバい…今度こそ体を起こそうとして力を入れたが巻き付いたままの悟の腕はびくともしない。
「どこ行くの…?」
捨てられた子犬の目をやめろ。
由希は悟のこの目にめっぽう弱い。と、いうことを彼もわかっていてするのだからたちが悪い。
「僕今日休みなんだけど」
「私は出勤ですけど?」
「本当は4週間かかるって言われた仕事を2週間で終わらせて由希に会いに来たのに…?」
「そ、そんな、突然言われても…出勤…」
「……行くなよ…」
いっそう腕の力を強めて、むすっとした顔で上目遣いをしてくる…クソッ顔が良い…

「どうせ僕と結婚するんだからそんなに頑張って働かなくても良くない?ただでさえ由希は普段頑張ってるんだしさ、今日くらい休んでもバチは当たらないよ〜」
子供を宥めるように頭を撫でられる。いつもこうだ…丸め込まれる。


………ん?結婚?

「ケッコン…?」
「うん。結婚。するでしょ?」
唐突過ぎて頭が追いつかない。
「左手、出して」
お手。とばかりに手を差し出され、追いつかない頭のまま素直に左手を悟の手の上に乗せると、薬指にシルバーの指輪をはめられた。台座にはめ込まれたダイヤがキラリと光る。

唖然として指輪と悟を見比べる。悟はヨイショと体を起こして由希の左手を指で撫でた。
「結婚、してください」

心臓が大きくはねた。昨日の夜に窓から侵入して、ついでにベッドにも侵入してその日の朝にベッドの上で、なんて、ロマンチックの欠片もないプロポーズなのにバクバクとうるさい心臓の音だけが思考を占領して、耳まで真っ赤になった由希は悟を凝視したたままフリーズした。
「返事は聞くまでもないけど、ちゃんと由希の口から聞かせてほしいんだけどなぁ」
ニマニマと笑いながらついばむようなキスをされてようやくハッとする。
「まさか僕程グッドルッキングガイで最強でお金持ちで優しくてこんなに由希のことを愛してる男を振るわけないよね?」
「いや、優しくはないでしょ」
反射的に突っ込んでしまい、両頬を横に伸ばされた。痛い。
「で、結婚するの?まぁ嫌なんて言わせないけど」
真冬の空のような目に真正面から覗き込まれて私が断れるわけが無い。
「する」
悟は由希の返事に満足気に笑うと、由希を道連れにベッドに倒れ込んだ。

砂糖よりも甘く感じるような優しいキスがいくつも降ってきて、包み込まれて、そのまま2人で微睡みの中に落ちていった


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