夢小説

□―序章―
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肺が痛み出す頃には脚にも限界が来ていた。まともに吸うことも吐くこともままならない呼吸をなんとか整えようと近くの木にもたれかかった。一度立ち止まってしまうと脚に力が入らなくなりそのまま座り込んでしまった。
足の指は色が変わりかけており、痺れ、時折激しく痛む。長い時間全力疾走をしたせいで体は火照っている気がするが、刺すように冷たい風や足下に積もっている雪は容赦なく体温を奪っていく。
「(どうしたらいいのだろう)」
あれだけ走ったのだからあのキメラからはだいぶ距離を離せたはずだ。だが相変わらず見えるのは黒い木々ばかりでいっこうに森の外に出ることができない。そもそもここがどこなのかも分からない。日本なのだろうか。それとも外国?そもそもここは私がいた世界なのだろうか。
そこまで考えたところでサヤの頭は恐怖でいっぱいになった。
急に誰もいないぽっかりとした世界にひとり放り込まれたほうな気分になった。

こわい










にゃお

突然聞こえてきた猫の声に勢いよく頭を上げる。いつの間にか歩いて2〜3歩の距離に黒猫がいた。
猫はしっぽをゆらゆら揺らしながら雪の上にお座りしていた。よく見ると目は血のように赤い目をしている。
「ねこ…」
そろりと手を伸ばすと意外なことに逃げずにむしろすり寄ってくる。
「あったかい…」
猫を膝の上で抱きしめるとその温もりが恐怖で固まりかけた体を優しくほぐしてくれた。
少なくともこの森で自分一人ではないことにほっと息を吐く。
「ねこ、お前この森の出口を知らない?」
通じるわけがないと思いながらも聞かずにはおれなかった。すると猫はサヤの顔を見てするりと腕から抜け出した。逃げてしまうのだろうかと残念に思っていると少し離れたところでこちらを振り返って、にゃあと鳴いた。
ついてこい。と言っているようだった。もたれかかっていた木にしがみつき、ほとんど力が入らない脚でなんとか立ち上がって一歩踏み出した。フラフラするが歩けないことはない。もしかしたらこの猫が森の外に連れて行ってくれるかもれないという希望を抱いて、必死に脚を動かして猫の後を追った。














代わり映えのしない景色のせいもあってか、もう何時間も歩いているような気がしてきた。基本的に平坦な道のりだが積もった雪のせいで歩きにくい。寒さで体力も奪われて体全体が悲鳴を上げていた。
もう少し、もう少しと自分に言い聞かせながらうつむきかげんで歩いていると前方からにゃあと声が聞こえた。なんだと顔を上げるとそこは確かに森の出口だった。小さくてみすぼらしくはあるが家も見えた。煙突からは煙が見える。
「ねこ、ありが、と―――」
サヤは張り詰めていた気持ちが一気に緩んで感謝の言葉を述べる途中でその場に崩れるように倒れた。


「…世話の焼ける…」
呆れが含まれた誰かのテノールボイスは誰の耳にも届かなかった。




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