日常

□真実と夢と、包丁と
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静かな部屋の中、カーテンがそよいだ。

Aは言う。

「皆死んだ」

カーテンが暴れる。
Bは楽しげに問うた。

「何故?」

「殺人鬼が現れたから」

Aはただ、淡々と呟くように言う。

「殺人鬼が一人ずつ殺していった」

Cは全身めった刺し。Dは首を刺し、内臓を全部取り出してみた。
Eは心臓を一突きしてから、最後にめった刺し。以下略。
紅く染まる部屋の中。
3人とその他大勢の血が混ざり合い奇妙なコントラストを描く部屋の中。
この部屋は一つの芸術作品となりゆく。
グロテスク。
どろどろとした世界。

「Cは、完全に何があったか分かってなかった」

顔面蒼白。目を見開いた驚愕の表情。
目の前の状況が理解できないとばかりに。

「Dは、理解したその瞬間、みたいだった」

眼前のその現実から全てを理解して、逃げようとした瞬間。
絶望の満ち溢れる表情。

「Eは……理解できてるけど、拒絶してる」

嫌だ、と。
それだけを伝えようと、最期まで必死に叫んでいた。

「そりゃ、しょうがないよね」

一部は初めて顔を合わせたとはいえ、同じ場所にいる人間のあんな光景を目の当たりにすればそうなるだろう。
まだ、死にたくないと思うだろう。
自分だって、そうだから。

まだ、死にたくない。


「じゃあ、次は誰?」
「さあね」

Aはわざとらしく肩をすくめる。

「自分かもしれないね?」

Bは答えず、優しげに微笑んだ。

「それにしても、殺人鬼は何処に行ったんだろう」
「……そうだね」

Aは少し警戒するように辺りを見回す。
Bは俯きがちに小声で呟いた。


Bは顔を上げる。


「あのさ」
「ん?」


「君の手の中の、その包丁は何?」





「……面白いね!料理なんかでそんな想像できるなんて」

Aの話を一通り聞き終わったBは、
面白そうにくすくすと笑う。

「でしょ?」

フライパンに火を付け油を流し込みながら、Aは微笑んだ。

"C"は野菜。
"D"は出汁を取る魚。
"E"は肉。

全て調理するために切った具材。
それを殺した人間と例えただけ。

コンロの火が、ぱちぱちと音を立てる。



「……包丁は、何に使ったんだろうって思って、さ」



「……あはははは!面白いね!面白い!」

Bは、狂ったように嗤う。

「すんばらしい現実逃避!最高だよ!」

Aは無表情のまま何も話さない。

「本当にまさか料理なんて……いい発想だね」

にまにまと笑い近寄るBに、Aが静かに微笑んだ。

「おかしくなったんだね、自分」
「おかしくなんかないよ、Aは普通」

真っ赤な包丁から滴り落ちる赤い液体。
どろりと、床を染め上げる液体。

「普通なんかじゃない」
「どうしたのA?君はもう殺人鬼なのに」

Bは不安げにAを見つめる。

「2人で皆殺そうって、言ったよね?」


「今更"殺人鬼"から逃げられる訳、ないんだよ?」


殺人鬼な自分から。

殺人鬼というレッテルから。

殺人鬼だったという事実から。

逃げられる訳はない。

この先、一生、ずっと。


静かな部屋の中、カーテンがそよいだ。

Aは言う。


「皆死んだ」


カーテンが暴れる。
Bは楽しげに問うた。


「何故?」

「殺人鬼が現れたから」

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