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『恋に落ちて/乾海』

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年は俺と同じくらいか少し下で、性別は男。
でも、何故だか俺はそいつと暮らしている。

 バイトを終え、雨の中夜道を歩いていたときだ。
何気なくゴミステーションに目を遣り、明日が生ごみの日だったことを思い出す。
 ゴミの回収しなきゃなと思いながら視線を戻そうとしたところで、人の素足らしきものが目に入った。
それはごみの中に埋もれているように見える。
見間違いだろう。
そう思って目を瞬かせるが、マネキンの足でもない。
 世の中、物騒だからな。
死体が捨てられていても、別に驚くことじゃない。
今朝もニュースで水死体が上がったと報道していたじゃないか。
 そう自分に言い聞かせるが、やはり背中を冷たいものが走る。
 俺はゴクリと唾を飲み込むと、ゴミに埋もれたその足に手を伸ばした。
「あれ・・・?」
しかし、それは予想とは反して、雨に濡れて冷たくなっているが確かな体温を持っていた。
 周りのゴミを掻き分けると、怯えるように蹲っていたのは日本人特有の黒髪と黒い瞳。そして色が抜けた様に白い肌を持った青年だった。
 捨てられた・・・んだろうか?
猫や犬の子のように・・・?
ゴミに埋もれて雨宿り・・・ってこともないだろう。
だがしかし・・・人間を捨てる?
有り得ない。
 様子を伺うようにその場にしゃがんで、その白くこけた頬に手を伸ばせば、縋る様な見上げられる。
「・・・っ!」
 その捨てられた猫のような、どこか哀愁を帯びた表情と、彼自身から滲み出る何とも言えない色気に遣られた様に、俺は彼をそこから抱き上げていた。

 借りているマンションに連れてくると、とりあえず彼を脱衣所に打ち込んだ。
そして俺はタオルだけを持ってリビングのソファに腰を下ろした。
自然とため息が漏れる。
「ふぅ・・・。冷静になって考えてみると俺はなんていうモノ・・・じゃない。人を拾ってしまったんだ・・・」
 濡れてしまった服を脱ぎ捨て、誰に言うでもなくそう呟く。
ひと繋がりになっているキッチンの冷蔵庫の扉を開けると、中からビールを取り出し、それを一口飲み干す。
「とりあえず、風呂から出てきたら事情を聞いてみるか・・・」
 もう一口飲んで、カウンターに凭れ掛かると、頭からほかほかと湯気を立てた彼がリビングへと現れた。
しかもなぜか素っ裸で・・・。
 俺は相手が男だというのに、その肢体に見とれてしまい、思わず手にもったビールの間を床に落としてしまった。
そして、彼の全身についた痣の数々に眉を顰めて、俺は落としてしまった缶を拾うため、その場に屈む。
「何があったんだ?」
 目を見て話すことが出来ずに、床に視線を向けたままそう尋ねると、視界に白いものが入った。
「コレ」
 短い言葉と共に、シンクの上に置いてあった布巾を手渡される。
もう1つあったそれを彼は自分で持って、床に零れたビールを拭き始める。
「あ、ありがとう」
 ぎこちなくそう返すと、一端、缶をシンクの上に置くべく立ち上がる。
その際、這い蹲るように床を拭く彼の姿を見て、俺は思わずゴクンと唾を飲み込んでしまった。
 慌てて首を左右に振って、彼の細い腕を掴んだ。
「君はとりあえず服を着ておいで」
そう言って立ち上がらせると、彼は不思議そうに首を傾げて、俺を見上げた。
「どうして?」
って俺が聞きたいよ・・・。
「どうしてって、寒いだろう?」
 いくら室内にはエアコンが効いてるとはいえ、素っ裸では寒いだろう。
俺だって、さっき濡れたシャツを脱いだから少し肌寒い。
 そう思って言ったのに、彼はきょとんとした表情で俺を見上げるだけ。
「あのねぇ・・・」
呆れた様にそう呟けば、それに重なるように彼が口を開いた。
その言葉に俺は目を見開く。
掛けていた眼鏡が思わずずれたくらい驚いた。
「ちょっ、何・・・っ、え?」
 思わず後ろに退くと、さっき零したビールを踏んで足の裏が濡れてしまった。
それに追い討ちをかけるように彼は俺との距離を詰めてくる。
「俺のこと抱きたくて拾ったんじゃないの?」
「ちょっと・・・っ!」
 彼が言ったことはそう、今の通りだ。
まるでちんぷんかんぷんなことに俺は驚いて、なかなか言葉が紡げない。
それでも尚俺に体を寄せてくる彼をどうにか突き放すと、俺はずれた眼鏡を直した。
「あのね。君がどういう生活をしてたかは知らないけど・・・。あんなところで蹲ってる人間を見て、放っておけると思うかい?」
 彼は首を傾げる。
「別に俺は君を抱きたいとかそういうので連れてきたわけじゃないんだよ。それに、第一君、男じゃないか」
子供に言い聞かせるようにそう言うと、彼の目が揺らいだ。
「でも・・・俺・・・」
分からない。というように首を左右に振る彼に、俺は呆れた様に溜息を吐いた。
全く、この子はどこでどんな風に育ったんだ・・・?
 そんな俺の様子を見てどう思ったのか、彼は零れたビールを跨いで、俺との距離を詰めてきた。
そして、俺の目の前で立ち止まると、ぎゅっと甘えるように俺に抱きついてきた。
「えっ、ちょっと君!?」
「怖かった・・・」
 先ほどまでの誘うような雰囲気はどこかへ飛んで、彼の声は震えていた。
その様子を見て、俺は引き剥がすための手で、背中を撫でてやった。
「もう大丈夫だよ」
 なんだか俺はこの彼を守ってやらなくちゃという使命感に駆られ、その細い体を抱き締めた。
 それから俺達の奇妙な同居生活が始まった。


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