本編

□5話 オバケ役は客に触るのタブーだから気をつけろ 後篇
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目が覚めた。
やばい、と思って目が覚めた。
心の中で念じながら、枕元の目覚まし時計に目を移す。

「………」

完全にやっちまった。

9時20分。

朝は毎日5時には起きなければいけないのに。
すやすやとよくまあこんな時間まで寝られたもんだ。

「なんで目覚ましかけなかったんだよ…」

こんなの初歩的ミスだよ。
流石の私でもそんなにやらないよ、寝坊なんて。
でもここであることを思い出した。
昨日の夜の奇妙な体験だ。

「う、気持ちわる」

思い出しただけで虫唾が走った。
そういえば昨晩、なにかを見た。
なにかは分からないし、暗闇だったため姿かたちをしっかりと見たわけではなかったが、そこになにかはいた。
誰かが戸を開けて入ってきたのならすぐに気付くが…。

ゾクリ、と背筋に寒気が走った。

「これじゃ、思いっきり怪奇現象じゃないですか…」

つぶやいた自分の声が、静かな部屋の畳に吸収されたのを聞いて我に返る。

「駄目だ、今は怪奇現象よりも怖いものが待っている…!!」

土方さんだ。
どんな罵声を浴びせられるんだろう、いやていうかなんでざきさんは起こしに来てくれないのさ!!
…あ、ざきさん今失踪中だった。
そして原田さんもだ。

もうどうして次から次へと最近の屯所は不可思議なことが起きるのだろうか。

「全部沖田さんの呪いだ」

そうだよ、あの男は許せない。
元はと言えば沖田さんが拷問部屋であんな誰もがお化けだと思うようなことをやってるから私は様子を見に行かせられたし。
私きっとそれで動揺してあんな物見たのかも、幻覚だあんなもの。
きっとそうだきっとそうだ。
それかあれは沖田さんの召喚した魔物に違いない。
オカルト男め。

「…はぁ」

怖いなあ、なに言われるかなあ、ズゥゥゥゥンと鉛のように思いみぞおちあたり。
それごと脱ぎ払うように、ばっ!!!と衣類を引き剥がした時だった。


パン!!


部屋の戸が勢いよく開けられた。

「ッ!?!?!?!?!」

声にならない叫び声をあげる私。
反射的に布団の上でしゃがみこんでいたが。
いやいやいやいやいやいやいやァァァァ!!今のは絶対遅かったってェェェェェ!!!

そこにいたのは沖田さん。
部屋の前でじっとこっちを見ている。

「ちょっと何してんですかァァァァ!!レディーの部屋に入る時はちゃんとノックくらいしてくださいよォォォ?!」

なにどんだけ見てんだよ?!ちょ、オイ!何とか言えよオイ!!!
そこは『え?レディー?どこ』だろうがァァァァ!
お嫁にいけない、死にたい死にたい死にたい。

いつものポーカーフェイスのこの男はなにも言わずに部屋に入ってくる。

「え、は、は、は、なになになに」

動けないでいる布団の上の私を見下ろす。

「いやどんだけ見てんるんですか!?出てって下さい、変態!!変態!!」

下着ィィィ!我下着ィィィィ!!
どうしたの奇行!!!こいつヤバいよ!頭逝ってるよ死にたい死にたい。

「………」

私がどれだけ叫ぼうと下着姿であろうとかまわずにじっと見てくる変態ドS野郎。
きっと寝坊したことに怒って放置ガン見プレイを遂行されているんだ、私。
謝った方がいいんだろうな…。

「……あの、沖田さん…?あの、ごめんなさい正直に言います、寝坊しました…」

あの、すぐに着替えるんで、出てってください、と言いかけたとき、沖田さんの手が伸びてきた。

「ぎゃぁぁぁぁぁ?!」

その手は私のすぐ左に落ち、敷布団の上の脱ぎたてほやほやの着流しに着地する。

「……あったけぇな」

「はぁ?!」

そして沖田さんはそのまま立ち上がってあたりを見まわす。

「隊服……」

そう呟いて壁にかかった隊服を見つめ、なにか考えるそぶりを見せると何事もなかったかのように一瞬の興奮も見せず下着姿の美人を置いて部屋を出て行ってしまった。

………。

言葉にならない。
騒いでたこっちが恥ずかしい。
でも一つ、私は悟ってしまった。

沖田さんはこっちを見ていたけれど一度も目が合わず、ましてや私に焦点を合わせている様子が無かった。
それにこの状況になにも突っ込まずに出て行くなんて。

脳裏に、昨晩の寝る前の出来事が浮かぶ。
そして失踪中の山崎さん、原田さん。
今ここで全てが繋がった。

「私…」

消えてる…?





















江戸っ子は宵越しの銭は使わぬ 5話
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