Rose ...
□jealousy
1ページ/1ページ
テレビ局の一室である其処は、アイドルである自らのグループの持つ冠番組の楽屋であり見慣れた場所だ。
寝ているメンバーもいれば、雑誌を見たり携帯を触るメンバーもいる。
食事を取るメンバー、何やら談笑をしているメンバー...各々が好きに自由に過ごしている。
それは、普段となんら変わらない光景であった。
場所が変われど『楽屋』という場所での過ごし方はもう何年も変わらなかった。
「俺、お前の事嫌い」
「なあ、一発殴らせて」
「ねえねえ宮田、ムカつく」
そんな、側から見ればいじめとも取れる程の玉森裕太から発せられる暴言を、
宮田俊哉がニコニコと嬉しそうに受け止めるのも、もう何年も変わらない光景の一部である。
そして、その光景を他のメンバーは見慣れた様子で有りながらもいつも何処か微笑ましく眺めていた。
宮田は、玉森の言う事には何だって笑顔で返していた。
『笑顔』というテンプレートの上に困り顔や悲しげな顔、その他様々な表情が上乗せされることは、
二人きりの時であろうとメンバーや先輩後輩、他の見知らぬ人がいようと
例えば雑誌やテレビの前であろうとよくあった。
しかし、その根本、テンプレートと化している『笑顔』と呼ばれるそれは
いかなる時も決して取り払われる事は、玉森の前では十数年、一度たりとも無かった。
それに、宮田は玉森の頼みならば何だって「いいよ」と肯定文しか返していなかった。
温泉やイチゴ狩り等様々な場所に行きたがったり、その上で運転を頼んだり。
そういった事から、ジュースを買ってきてほしい、や少し高い誕生日プレゼントを強請ってみたり。
アニメ好きで、放っておけば家から一歩も出ない...出るとするならば行くのは秋葉か聖地巡り、
もしくは好きな声優アーティストのライブなどと二次元関連くらいであろう
根っからのオタク気質でありインドア派の宮田が外に出るきっかけはいつも玉森であった。
そんな宮田も、誰かに誘われたからといって必ず行くのかと問われればそうではなく、
他のメンバーが遊びや食事に誘っても何かしらの理由を付けて足を運ばない事が殆どであった。
つまりは、宮田にとって玉森は特別であり唯一の存在であったのだ。
それはきっと、まだ小さいJr.の頃からシンメとして活動して来ては共に怒られ、共に成長してきたという友情的な理由でもあり、
それと同時に恋人だからという理由でもあるはずだった。
元々他のメンバーや先輩等にも、玉森は可愛がられ甘やかされるタイプではあったが、
それは宮田も例外ではなくいつも「大好きだよ」と言って玉森の事を溺愛していた。
そんな宮田は、パシリであろうと友達としてであろうと、どんな事でも玉森が頼めば
文句など一言も溢さずに笑顔で叶えてくれたのだ。
「宮田は俺だろ?」
「こいつ、俺の事大好きだから」
そんな自信満々な玉森の言葉にも宮田はいつも嬉しそうに頷いていた。
「今日ガヤと飯行ってくるわ」
「ちょっとわったーと残ってから帰る」
仕事の都合上すれ違う事も多いとはいえ、
一緒に住んでいる為伝える律儀な玉森の伝言にも、優しく微笑んでいた。
そして、頷くだけではなく必ず宮田は「楽しんできてね」「頑張ってね」と一言添えて玉森の事を送り出していた。
世間一般的に見ればきっと宮田は優しく心の広い、良い彼氏だろう。
きっと、もし誰かに宮田の事を話せば「そんな彼氏羨ましい」と言われる事も少なくないはずだ。
玉森自身も、優しいし楽しませてくれるし尽くしてくれるし、良い彼氏を持ったなと思う事も多々あった。
それに性格的な問題だけではなく、あまり世間に知られてはいないが顔だって玉森に言わせれば、
整っていてかなりの美形であるし、それに、少し変わっているとはいえ彼はれっきとした
歌って踊りファンからの歓声を浴びる、今をときめく日本のアイドルなのだ。
そんな人物が恋人なのだから、申し分ない存在だ。
しかしその一方で、玉森はそんな宮田が怖くなる事が最近増えてきているのもまた、事実だった。
『嫉妬』や『束縛』といった類のものを、宮田は一度たりともしたことが無かったのだ。
誰と何をしようと、いつもと変わらぬ笑顔で宮田は玉森に笑いかけていた。
いつも何気なく交している会話の中でもしも自らが、「昨夜浮気してきたんだ」などと言っても、宮田はいつものようにヘラヘラと笑っているのだろうか。
他のメンバーと躰の関係を持ったのだと報告しても、いつものように微笑んでいるのだろうか。
もし、もしも人を殺して来たのだと言っても、いつものように「そっか」と笑っているのだろうか。
考え出したらキリのない思いが、玉森の頭の中でぐるぐると廻り続け、それは止まる事を知らなかった。
玉森は、宮田の笑顔の限界が知りたくなった。
一体玉森が何をすれば、その笑顔が崩れるのか。
何をしでかせば、その顔が苦痛に歪むのだろうか。
何を言えばその真ん丸な瞳から涙を零し、何を言えば眉根を顰め声を荒げて怒るのだろうか。
ただ、それだけが知りたくなったのだ。