□銀魂
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帰らなきゃ。帰らなきゃ。
雨で髪が頬に張り付くのを鬱陶しく払う。
何で自分がこんなところに、と憂鬱に考える。本当に何で。



四畳半の原点



いつも通り会社へ行っていつも通り買い物をしていつも通り戻ってきて、いつも通りご飯にお風呂にPCを少し触って、本当にいつも通りの日常を過ごしたはずだ。
何にも違うことなんてなかった。いや、本当は少しだけあった。あのメールだ。
緋はふと思い出した。
メールが、来ていた。内容はちらりとしか見ていないので詳しくは覚えていない。
しかし、何かに合格した。とだけ書かれていたのを思い出した。なんとか機関、といったか。

もしかしたらこれが原因なのかもしれない。自分がいつの間にか木々の生い茂っている所に寝間着であるワンピース姿で倒れていたのも、どこに行くでもなく森の出口を探して小一時間くらい彷徨い歩いているのも。

「誰か、いないの」

はあ、とため息を付くと白い息が共に吐きだされた。
半そでのワンピース姿で歩き続けるには寒すぎた。かちかち、と歯を鳴らしながら只管歩き続ける。

疲れで足が上がらない。仕方なく足を引き摺るように歩くと、木々に紛れてあばら家を見つけた。
何も無いよりはましだと思い、急いで駆け寄り戸を叩く。

「すみません!誰かいませんか?」

返事無かった。扉の割れた隙間から中をじっと見つめる。人の気配は無く、畳などは端の方が朽ちて干からびていた。しかし、雨は凌げるようだ。
「・・・お邪魔します」

緋はそろりと扉を開ける。ごりごりという鈍い音が鳴るが、誰も出てくる気配が無かった。扉を急いで閉めて、家の中に上がる。
奥に4畳半の畳の間があり、後は台所やトイレしかない簡素なつくりだった。畳の部屋に行き押入れの扉を開けると古びた毛布を取り出す。そして、そのまま畳に崩れるように倒れた。

自分はこのまま死ぬだろうか。
誰にも見つけられずに。
こんな人生、最悪だ。
目を瞑ったら全部夢ならいいのに。

緋はそのまま眠りについた。







「・・・。嘘だ」
夢は終わらなかった。雨は上がっていたが、丸一日寝込んでいたらしい。
ふ、と部屋の壁を見ると地図があった。緋はそこに駆け寄る。そして目を見開いた。

―――どこだここは

その地図は全面の海と真ん中に小さな島があった。島の真ん中に「あばらや」と拙い字で書かれている。
そんな、まさか。じゃあ、この地図の端に書かれている正の字ってもしかして・・・・

ぱさり

いきなり音がした。反射的にばっと振り返ると一冊の綺麗な本が落ちている。天井を見たが、本をひっかける場所は無かった。
ごくり、と唾を飲み緋は本に触り恐る恐る開く。


おめでとうございます
あなたは機関の第3番目の人間として選ばれました

「・・・」
ぺらりともう一枚を捲る。

ここの島はあなたの原点になります
あなたはもう自分の「家」には帰れません
機関の被験者として、色々な世界の調査をしていただきます


手が震える



もし拒否された場合は、貴方の近しい人からランダムに選ばせていただきます
その際、あなたはこの島から出られません
島には誰もいませんので、自給自足の生活をお楽しみください

なお、世界はあなたの頭の中にある物語からこちらが一つずつ選びます
どうぞ、色々な世界を拝見し、見聞をお広めください



ふるふる、と手が震える。思考が追い付かない。なんだ、これは。



死亡等のイレギュラーが発生した場合、次の世界で一度行った世界の能力をそのまま引き継ぎできるようにします
その際、その世界の能力に合ったものに変わりますのでご注意ください

電子音が聞こえたと思うと、目の前に肩幅くらいのパネルが現れた。
体力、知力、魔力、魅力、能力と書かれ、グラフ型になっていた。現在は全て1になっているが、5段階になっているらしい。1から5に引っ張ろうとしたが、全く動かなかった。

ぱりん、と音がするとガラスのように砕けてパネルが消える。
「ふざけてる!!」
緋は激昂した。
「早く家に帰して!!何でこんな目に遭わなくちゃいけないの!?何もしてないでしょ!!」
開けっ放しの本を見るともう一度文字が浮かび上がる。



あなたは、帰れません



嫌がらせのように、太いマジックで書かれていた。緋はそれを見てまた叫ぶ。
「なんでよ!!こんな所で生きていけるわけないでしょ!!」



その正の字は、貴方のご想像の通りです
世界への派遣を拒否したお方が、その数字の日数でお亡くなりになりました


ご遺体は、こちらで処分しました




「!!」
背筋が凍った。緋は目を見開く。もう、常識では考えられないことが自分に起きている。正の字は6で止まっていた。6日しか、生きられなかったのか。いや、書く気力も無くなり、もっと前に亡くなったかもしれない。

ぽとぽと、と涙が零れた。帰りたい。早く暖かい布団で寝たい。これは夢だ。夢なんだ。



世界に行きますか?



「行かないっ」
文字はすっと消え、また書かれた。



これで最後です
世界に、いきますか?




悪寒がする。拒否すると、多分、私はここで死ぬのだろう。
こんな訳も分からないあばら家で、どこかも分からない島で、無様に野垂れ死んで。

体が震える。嫌だ。死にたくない。
カタカタと歯が震えるのは、きっと寒さのせいじゃない。緋が行かないと、次は近しい人になる。誰になるのだろう。父?母?弟?自分が死んだ後、彼らのうちの誰かが連れて来られる。そしてこの問答を繰り返すのだろう。

―――世界を見たら、帰れるのだろうか

こんな寒い場所は嫌だ。緋は震える声で本に聞いた
「世界見終わったら、帰れる?」
本は何も反応しなかった。
「・・・」
こんなところで死ぬくらいなら。世界を周りながら帰れる方法を探そう。それがいい。死ぬのは、怖い。
「行く」
囁くように言えば、本が一枚ぱらりと捲れた。







ようこそ 世界へ


緋の意識はそこで途切れた。崩れるように倒れた緋の身体を、誰かの暖かい手が支えた。
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