共和国の記録

□入国
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「プルト共和国、タラの港に到着します。入国の方は下船の用意をお願いします。」

船員の声に、それまで長旅の疲れでこっくり眠り込んでいた人々が顔をあげる。私自身、襲い掛かっていた睡魔も消し飛ばしてしまうほどに、その声は期待を膨らませた。

必要なものはこちらで揃えようと考えていた為、それほど多くない荷物をまとめる。少量のお金と食べ物と、何度も読み返したプルト共和国のパンフレット。『龍が訪れる国 プルト共和国』表紙に大きく書かれたその文字を見て、再び胸が期待で膨らんだ。

船が港に停まる。軽やかな足取りで船を降りた。


(曇り、か……。)

故郷を離れて見上げる空は、残念ながらどんよりと曇っていた。しんしんと雪も降り積もるその景色を見ていると、本当に故郷を離れてきたのかと疑う。ここプルト共和国は、美しい山々と煌めく海に囲まれた桃源郷の国……そう聞いてここへやってきたのだが、この様子だとその景色を見れるのは、まだ先になりそうだ。

しかし、事実その豊かさに惹かれ、様々な人がこの地を訪れ、この国の繁栄に貢献してきた。彼らのお陰で、今年で490年目の歴史を築くこの国に憧れたのは、私も同じだった。


「ようこそ、プルト共和国へ。私はこの国の議長補佐、シャイアルと申します。早速ですが、入国手続きをさせていただきます。こちらへどうぞ。」

船から降りた私を出迎えたのは、黒い制服を来たシャイアルと名乗る男性だった。議長補佐……そうだ、この国はサイファ評議会を中心とする共和制の国。議長を初めとする10人の評議員がこの国を動かしている。全てパンフレットで習った知識だが。

早口に説明され、案内されるままに検問所に入る。


「まずは、あなた自身のご確認から。お名前、アイリス・ユーン。性別は、女。年齢は7才。」

目で、よろしいですか?と尋ねられる。小さく頷くと、シャイアルさんは手続きを再開した。


「では入国に際して、所属するショルグを決めて頂きます。ショルグとは武術組織で、コーク、ジマ、ミダと呼ばれる3つの組織があります。ここで武術能力を上げることができます。」

どれにします?と再び尋ねられる。

パンフレットで読んだから知ってはいたけれど、この国は本当に武術を重んじているのだと感じた。またそのパンフレットの知識から、コークは剣術、ミダは魔術、ジマは体術を極めているらしい。それぞれのショルグの名前は、神様の名前から取ったそう。それだけに、選ぶなら慎重に……それこそ、神を崇拝するのだからと、随分前から考えていた。


「コークショルグでお願いします。」

はい、とシャイアルさんが返事をする。随分前から考えて、コークショルグ……剣術を磨くことにした。

私の故郷では、『剣は男が扱うもの』という固定観念が昔から根付いていた。それまでは不服に思うこともなく、それが当たり前と思っていたが、プルト共和国の存在を、在り方を知って変わった。自然を崇拝する多神教、ワクト教を信仰するこの国の自由さ……それにも憧れた。


「最後にウルグを決めて頂きます。ウルグとは、仕事の組織で、リム、バハ、ガアチと呼ばれる3つの組織があります。ここでは資産を増やすことができます。」

ああ、そうだった……。プルト共和国は、武術と勤労の2つを大切にする国だった。期待ばかりしていて忘れかけていた。リムが海の仕事……要するに漁業。バハが山の仕事で、農業みたいなもの。ガアチが地の仕事。確か、鉱物を採掘する仕事、だったかな?ウルグの名前も、ショルグと同様に神様の名前からとったもの。ウルグ……仕事も神を崇拝する大切なこと。どれにしようか悩んで、ふと息を抜こうと首を回した時、検問所の窓から外の景色が見えた。


「……バハウルグでお願いします。」

返事をしたシャイアルさんが、さらさらと紙に何かを記入していく。……先程船から見たこの国の緑に、その豊かさに感動した。振り積もる雪も、その雪で覆われた大地も海も、生命的で美しかったが、私の目に焼き付いたのは、あの青く白く連なる山だった。北国育ちの私には、あの緑に……バハ神に遣えようと、そう思えた。


「これでよろしいですか?」

ペンを置いて、私の目の前に一枚の紙が置かれる。入国証明書、アイリス・ユーン、女、7才、コークショルグ、バハウルグ。

   
「はい!」

いよいよだと、胸がいっぱいになり、思った以上に大きな声で返事をしてしまった。それにシャイアルさんは小さく笑い、恥ずかしくなる。
 
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