共和国の記録
□入国
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「これで入国手続きは全て終了です。ありがとうございました。なお、あなたの住所は、バハ区東の1となります。場所が分からない時は『共和国の地図』をご覧下さい。」
地図?と首を傾げると、引き出しから取り出して、こちらになりますと、机の上に地図を広げた。どうやらこれは、入国者全員に配布しているようだ。
広げられた地図を眺め、自宅を確認する。仕事場のバハウルグに近く、立地条件としては十分な場所だと言える。……それにしても、広い国。この国には沢山の人が居て、私も今日からその一員。知り合いは誰もいない。……家族も。
両親を早くに亡くして、叔父夫婦の元で育てられた。決して叔父さん達は悪い人ではなかった。本当の娘のように育ててくれた。けれど、やはり私は娘ではなく、姪……どんなに砕けた関係になっても、どこかで壁を感じしまい親と子にはなれなかった。それが申し訳なくて、情けなくて……。
ある日、叔母の故郷の話を聞いた。もう何十年も帰っていないけれど、良い国だったと。でもそれ以上に、この北国も良い国だと言った。一人でこの地に降りて、怖くなかったのかと訊いた。すると叔母は微笑んで首を振り、怖さよりも期待でいっぱいだったと言った。続けて、沢山のものに出会えて幸せだったと。
……叔母の幸せそうな顔に、私も決意した。私も、沢山のものに出会ってみたい。そう言って、私はここへやって来た……やって来たはずなのに。
(私も……叔母さんのようになれるかな?)
自分で決めたことなのに、得体の知れない不安に襲われる。自分で決めて、叔父さん達に納得してもらって、最終的には背中を押してもらって、ここまで来たのに……本当に、これで良かったのだろうか……。
「国民はあなたの到着を心からお待ちしておりました。ぜひ国民に話しかけてみて下さい。きっと歓迎してくれるはずです。」
不安を拭うように、地図をぐるぐると巻いて片付けていると、シャイアルさんから思いがけない言葉が飛び出して固まってしまう。……まるで、私の心を見透かしたような台詞。
「それでは、よい生活をお送り下さい。ワクトの神々のもとに。」
「……はい、ありがとうございます。」
さすがに、何年も移住者を迎えてきた人だ。扱いが慣れているのだろう。どう声をかけていいのか、わかっているんだ……。それでも、その言葉は私に大きな自信を与えた。その自信に押され、検問所を出る。北国程ではないが、肌寒い気温に包まれる。
(……よし、頑張ろう!)
私のここでの生活は、まだ始まったばかり。