チェリーパイ

□ミルク色の憂鬱
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ビューーー。吹き付ける風に乗って顔にかかってきた髪の一房を耳に掛けた。インカムも忘れず直しておく。

『本当に目標[ターゲット]はここに来るんですか』

ザザッというノイズ音と共に耳に入ってきた男の声に仕方なく応える。

「情報源は分からないけど本部から直に私たちをここまで
呼び寄せたんだから信頼できる情報なんでしょう?……たぶん」

ああ、ミスを犯した。たぶんだなんて曖昧な言葉使わなきゃよかった。
予想通り、通信相手の男の苦笑と皮肉を乗せた声が届く。

『“たぶん”、ですか…』

眉宇を寄せ、顔を顰める。アイツ…。
覗き込んだスコープから一度目を離し、再び覗き込む。
あの男は自分のことが嫌いらしい。女性で年下なのにも関わらず、上司である自分のことが。
ピアーズ・ニヴァンスと任務を組むようになったのは数か月前。
αチームの狙撃手とβチームの隊長である自分が組まされることになった。
基本チームで動くがペアを組んでの任務もある。
最初よりは態度はマシになったが未だに嫌われているようだ。
他の隊員と比べると態度が全く違う。今度、クリスに相談してみようか。
そんな風に考えを纏め、再度溜息をつき、じっとスコープで丘の下に広がる廃墟を観察する。異常なし、と。
丘の上は風が冷たい。頬を刺すような冷たさを持った風が痛い。

『隊長、せっかくの美貌が台無しですよ』

嫌いなクセにこうやってお世辞を言うのも何だか気に入らない。
というか、わざわざ離れた地点から自分の顔を見たのか。

「……自分に与えられた地点から目を離さない」

『……了解』

ピアーズの肩を竦める様子が容易に想像できる。
しばらく張っていると人影が一つ、煉瓦の建物へと入っていくのが見えた。

『リンさん』

耳元を押さえ、一つ頷く。

「ええ、こちら側からは1人確認した」

『こっちもです』

確認できたのは1人だけ?ウィルス兵器の取引なのにその1人。
何かがおかしい。リンはジャケットから本部へと連絡する為にPDAを取り出した。
起動こそはするものの、圏外となっている。苛立ちを隠さず、顔を顰めた。
こちらの位置がバレているかもしれない。ピアーズと早めに合流した方が良さそうだ。
インカムを弄るが反応がない。通信を妨害されているようだ。
こういう事態を予想して予め合流ポイントを作っておいてよかった。
ライフルを背負い、近接攻撃に備える為にサプレッサー(音消し)をつけたハンドガンへと切り替える。
いつも使用するアサルトライフルは今回の任務では留守番だ。
気配はない。下手に動けばこちらの位置が大きく見えてしまうだろう。
木の影に隠れながら丘を下る。

「グォォォォォ」

聞こえてきた咆哮にすぐさま足を止め、隠れる。狼ではないその咆哮に身震いした。
それは人影が入っていった建物の方角から聞こえてきた。
丘を下り終え、トウモロコシ畑に身を潜めた。ここでピアーズと合流する予定だ。
続いて聞こえてきた無数の悲鳴に戸惑う。この一帯に人は住んでいないはず。
だとしたらこの悲鳴は?
状況を確認しようとゆっくりと体を屈めながら歩くとすぐ傍から音がした。
カサリ。ピアーズ?それとも何か?表情を引き締め、そちらへと銃を構える。

「誰?」

何かいるなら早く出てきてほしいものだ。
ドクドク、と心拍数が上がっていることを意識しながら息をそっと吐き出す。
突然、背後から明確な殺意を感じた。
反射的に体を反転させ、回し蹴りを入れると感触があった。
ボロい布きれを着た男が怯んでいるのをやっと捉えることができた。
銃口を向け、「両手を上に高く上げなさい」と
告げる。
しかし男はゆっくりと顔を上げ、こちらを睨んできた。その眼は赤い。
酷い充血かと思ったがそのようなものではない。

「もう一度警告します。両手を高く上げて膝をついて」

引き金に指をかけたが男は恐怖の色を見せることなくジリジリと近づいてくる。
次の瞬間、男は口を大きく開けた。そこから出てきたのはパックリと割れた食虫植物のような…。

「人間じゃない…」

パシュッと音がし、その男は息絶えた。
自分の銃からではない。リンは銃弾が飛んできた位置を視線で辿った。

「リンさん、大丈夫ですか」

銃を下ろすピアーズの姿を確認し、近づいた。

「うん、ありがとう」

「万が一に備えておいて正解でしたね」

「でもそうでもないかも」

「そうでもない?なぜそう思うんですか?」

小首を傾げ、こちらを疑問げに見下ろすピアーズの視線を受け止め、小さな道へと出る。

「さっきの悲鳴は?」

彼の質問に答えずそう聞く。

「わかりません。記録と事前調査書には人が住んでいるなんて書かれてませんでした」

眉を顰め、ピアーズは言った。
テロリストたちが事前にB.S.A.A.に潜入されることが分かっていたら?
情報漏れがあったかもしれない。彼らは人攫いだってやってのける。
罪もない者たちを攫って集めておいたのかもしれない。

「罠かも」

「情報漏れがあったとでも?」

仲間を疑いたくないのはリンだって同じだ。

「なかったとは言えない」

口を噤むピアーズを横目に奥へ奥へと入っていく。
しばらく足を進めるとコンクリート製の建物に辿り着いた。
リンは顔を歪めた。こんなに大きな建物は情報になかった。見たところ一戸建てのようだが奥行までは測れない。
もしかしたら地下もあるかもしれない。

「2人で解決できそうもないわね」

呟くように言えばピアーズはこちらを見てきた。

「しかし今のままでは応援を呼べません」

「うん。ここは引き返して――」

先ほどと同じ咆哮が遠くの方から聞こえてきた。それも一つだけではない。
っち。舌打ちをして溜息をついた。腰に手をやり、一度俯き、気合いを入れて顔を上げた。

「引き返させてくれないみたいだから中へ入るわ。離れないで」

「了解」

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