のんびりと自分の教室へ向かい、こちらもまだ誰もいなかった教室でただ一人 席に座ってカバンに入れてあった読みかけの本を取り出して読もうとした矢先… 廊下からバタバタと音が近づいてきた事に、万里は「やれやれ」と開きかけた本を閉じた。 ULTRA BLUE 12 「ばっばん…りっ!」 「はいはい平ちゃんおはよー早かったねぇ」 「おはょ…じゃなくてっ!何で置いてくんだよっ」 「だってまだ平寝てたじゃん」 「う…」 息を切らしつつも、ズンズンと万里の元へと歩み寄る平にびしっと正論を言えば「そだけどさ…」と隣の席にストンと座った。 「いつもより早い時間だったから寝てたのは仕方ないけど」 「…希は?もう教室?」 「んーそうだけど?」 「希、大丈夫かなぁ」 「無理しなきゃいいけどねぇ…ま、何かあれば酒井田クンから連絡入るっしょ」 「?酒井田?…ああ。でも何で?」 その名前に聞き覚えがあった。確か希のクラスメイトだったはず。 「携帯番号言ってあるから、何かあれば知らせてくれるはず」 「へぇ〜そっかぁ」 先日希の捜索時に教えた電話番号。今回の件でも報告は簡単にしてあるし、きっと何かあれば自分に連絡してくれるだろう。 入学式の時にお互い代表として顔を見合わせたのと合わせて2度ほどだが、なかなか好青年…いや好少年か。だと感じていた。 **** 朝のHRが終わり、次の授業は確か…と教科書を出そうとした時、担任から声が掛った。 「あ、天野はちょっと来なさい」 「え、あ…はい」 何事…たぶんこの怪我についてだろうな。 ふぅ…と息を吐いて、松葉杖を持ちながら立ち上がった。 担任について歩けば、生徒があまり使うこともないだろう会議室の様な部屋へ案内された。 担任の後に一応「失礼します」と小さな声で頭をぺこりと下げて踏み入ればそこにはすでに先客がいた。 まだ何年の何組とか担当科目とかわからないが、ここの教師と…バスケ部監督だ。 その良く見知った監督が、希の満身創痍姿を見て、青ざめ立ち尽くしていた。 「あ、あ、天野…これは…」 言葉を失いつつも、希の傍へ歩み寄るのを、ぼうっと見ていた。 そして目の前に来る…前に、担任の差し出した手によって動きは止められた。 「天野、そこに座りなさい。監督は席に戻っていただけますか?」 とりあえず座りましょう。と皆が席に着いた。 机を挟んで向かい合った正面には、まだ青ざめた顔の監督の顔があった。 「さて、天野さんに早速聞きたいのですが」 声の主の顔を見る――校長先生だったなぁと数日前の入学式を思い出した。 「その怪我の原因を話してもらえませんか?」 「原因…ですか」 もう一度ちらりと監督を見た。相変わらず青ざめた表情でこちらをじっと見ていた。 「実はですね、噂が色々と出回りつつあるようで…」 『いじめ』だの『喧嘩』だのから始まって、伝わっていく度に色んな話がくっついて広まっているらしい。 この短期間に色んな話になったんだなぁと希は他人事のように聞いていた…が、そうはいかなかった。 もう一度、「原因を話してください」と言われ その場の皆が無言で希に話すよう無言の圧力をかけたようだった。 どう話そうか… とりあえずこの場からさっさと立ち去りたい。 何か言わなくては。と希は頭をフル回転させた。 「この怪我は…」 「怪我、は?」 「えと…あの…自分がドジしちゃって…」 「というと?」 確か怪我をした場所がどこなのかはここの人たちはきっと把握済みだろう。 簡単に話を済ませようと、希はつづけた。 「倉庫のカギが開いていて、ちょっと覗いたら中の物が崩れてきちゃって…」 扉が少し空いていたからちょっとした好奇心で覗いてみたけれど、中に詰め込まれていた機材に当たってしまって、それがバランスを崩して落ちてきたのにびっくりして受け止めようと思ったけど、反対に他の物にも影響してしまい、崩れてきて怪我をしてしまった。 だから自分の所為です。と話した…これで信じてもらえるだろうかと希はうつむき加減で話していた顔をちらりと上げた。 「本当ですね」 「はい」 『ほぼ』だけどね…と心の中で付け加えた。 「そうですか。わかりました」 少しの沈黙の後、校長先生が納得のサインを出した。 これでここから解放される!とほっとしたが…そういえば言わなくてはいけないことがあったと希は目の前にいる監督を見た。 「それではこれで…皆さん戻りましょう。天野さんお大事に」 その一言でそれぞれが立ち上がり、動き出した所で希は松葉杖を引き寄せて監督の所へ向かった。 「あの、監督、お話が…」 「え、あ、はい…」 「部活の…バスケの件ですが」 自分にとって聞きたくない返事が返ってくるのでは!?と感じた監督がびくんと肩を揺らした。 「な、なんでしょうか」 「あの…私こんな状態なので…当分バスケできないですし、入部の件はナシで…」 「えっ!い、いやっ!」 慌てる監督の反応を、予想してた通りかな。と思いつつつづけた。 「怪我も完治して、またバスケやろうかなって思ったら改めて宜しくお願いしますね。監督」 では授業あるので戻ります。と、まだ話たいとする監督を振り切って、その場を後にした。 **** 教室に戻る間に、1時間目を終えるチャイムが廊下に響いた。 間に合わなかったか。と思いつつ、ゆっくりと教室へと戻った。 教室の扉を開ければクラスメイトが注目し、何か言いたげな表情だったのを気付きつつ席に戻る。 「おかえり。長かったね」 「うん…もう疲れちゃったよ」 「まぁでも良かったんじゃない?打ち抜き小テストあったし」 「え!嘘〜…授業抜けだしててよかったぁ」 テストを避けられた!と先にニヤリと笑った酒井田に同じ笑いを返した。 まだ授業にも追いついてないのに、テストだなんて… ゆっくり戻ってきた自分をほめておいた。 「で、コレのコトだった?」 周りに気付かれない様に、次の授業の準備をしつつ話す酒井田に倣って希も合わせて話した。 コレとは…怪我の事か。「その通り」と返した。 「ついでにね〜監督に部活の話もしてきちゃった。突然だったからどうしようかと思ったけど…手間省けて良かったかな」 「へぇ…で、答え出せたんだ」 希がコクリと頷く表情で、何と答えたのか酒井田はなんとなく理解できた。 「それで良いの?」 「ん…バスケ好きなのは変わらないけど、今は他に興味出てきたことやってみたいかなって」 「そっか」 こんな結果になったけれど、バスケが好きって気持ちは変わらなかった。 バスケ部に所属して汗を流す選択もいいかもしれない。 だけど、もう一つの興味の種が徐々に芽吹いて来たかのように、希の中で徐々に気になる気持ちが膨らんできていたのだった。 自分に出来るのか全く予想付かないけれど。 折角のチャンスだし、経験してみるのもいいかもしれない。 次の授業の教科書を取り出しながら、希はそう思っていた。 |