っポイ!Long(万里)

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『やっぱりあの子達だったみたい!』
「で?どう?」
『体育館の裏にある倉庫だって!』
「了解!矢野さんありがと――この件は一旦内密にしといて」
『えっ!?だって…』
「おねがい」
『…わかったわ』


電話相手の矢野が了承した所で携帯電話を切り
目的地が決まった2人は走り出した。

「平、体育館裏!」
「倉庫だろ!聞こえてたっ!」
「行くぞっ」
「おう!」




ULTRA BLUE 






体育館裏の倉庫
そこは木陰の薄暗い場所にあった。

全力で走ってきた平と万里が、倉庫の前で立ち止まり
息を整えつつ扉の取っ手を握りしめた。

「希…っ」
「返事っ…しろっ」

息の上がった状態で倉庫へ向かって声をかけるが反応はなかった。

ごくりと息を呑み、少し空いていた扉を開く。
軽く開くはずの金属の扉が、万里にはとても重く感じていた。


「・・・・・っ!」

扉の向こうには、定位置に置かれていたであろう物が、無造作に山を作っていた。
一番上には、先日みたはずの『入学式』のパネルが乗っていた。

「わっ!なんだこれっ」

中を覗き込んだ平が驚きの声を上げる。
足の踏み場もないその山に、一瞬2人は動きを止めた時だった。



「・・・・・・・・・・・ぅ・・・っ」


かすかに聞こえた声
ほんの一瞬、かすめるようなその声に聞き覚えがある。

「「希っ!?」」


反射的に倉庫へ足を踏み出した。



「希っ!今助ける」
「希ちゃん!もうちょっと待ってて」

平と万里は、急ぐ気持ちを抑えながらも慎重に、でも少しでも早くと、山積みになったパネルなどを動かし始めた。
それらを動かせた後に2人に見えてきたのは、重量のあるスチール棚と、そこに並べてあったであろう機材の数々。

そして、それらの隙間から見えはじめたのは

希の姿だった。


「希っ!希っつ!」
「平っ!早くこれ動かすぞっ!」
「…っ!おうっ!せーのっ!」

2人掛りでやっと元の壁側へ起したスチール棚。あとは希が先だと、希の上に乗っていた機材などは投げる様に右へ左へと転がした。


「希!希っ!」

希の上に乗っていた最後の機材を万里が持ち上げると、平が希の肩を揺らしながら声を上げた。

「・・・っ」

倒れたまま動かない希は、呼びかけられる声に反応も薄く、平に肩を揺らされるがままの状態で身体に力が入っていなかった。

顔の上に、だらりと置かれた右腕。腕は長袖の制服の為実際見えないが、黒っぽくにじみ出ているシミが、スカートの下からのぞく足は色の変わった箇所や流れる赤い――血

「希ー…っ!血っ血がぁ〜!」
「平!しっかりしろ!希ちゃん!わかる?」

血が昔から全くダメな平は、貧血を起こしたかのように後ろへ倒れかけ、それと入れ替わるように万里が希の傍へと素早くしゃがみこんだ。

「希ちゃ…希っ」
「・・・・ば、ん・・ちゃ・・・っっ!」

うっすらと閉じていた瞳を開け、万里の顔を見るか見ないかで苦痛の表情を見せる。

動かなくて焦ったものの、意識はあった。万里は素早く、でもそっと希の背中に両手を伸ばした。

「希ちゃん、ちょっと痛いかもしれないけど少し我慢して―――平っ!大丈夫か」
「…ぉ、ぉうっ」

万里はなるべく負担にならない様にと慎重に希を抱きかかえ、血を見てフラフラする平へ声をかけた。

「医務室急ぐぞ」




痛みとしびれが全身を覆う中、万里のぬくもりを感じながら、希は再び意識を手放した。



***



「…ちゃん、希ちゃん」

聞こえ始めた、自分を呼ぶ声に重い瞳をゆっくり開ければ、ぼんやり視界に入ってくる声の主。

「ば・・・・ん・・・・ちゃ・・・」

意識が朦朧とし、声も思うように動かせないが
目の前に居る人物の名を絞り出すように口にすれば、希の頬に万里の大きな手がそっと触れたような気がした。

万里の後ろでは、平が自分の名を呼び始める声がした。

「平、昭さん達に声かけてきて」
「お、おうっ!」

希に配慮してか、大きな声を出した平を制して用件を伝えると、平はその場を離れた。
その様子をぼんやり眺めつつ、周りをゆっくり見渡してみれば、察知したかのように万里がそっと答えた。

「病院だよ」
「びよ・・・・い?」

万里がこくりと頷く。


「どし・・て・・・・・が・・っこ、いた・・・・に」

確か学校にいたはずだ。
体育館の裏にある倉庫にいて、倉庫の物が自分に向かって落ちてきて
そして・・・そして・・・・

朦朧とする中、思い出そうとする希の姿を見て、察した万里が希の髪をやさしく撫でながら微笑んだ。

「希ちゃん、今はゆっくり休んで」




***



「ちょうど原稿の締め切り終わったとこだから、休息兼ねて一緒に休ませてもらうよ」

天野家馴染みの江坂病院で、処置を受けそのまま入院となった希には、作家の祖母が付き添う事で、勢ぞろいしていた天野家と万里は帰宅する事となった。



日下家に万里が到着すれば、いつもこの時間にはいないはずの母・マリエが丁度帰宅したところだった。

「おかえり。かーちゃん早いね」
「ただいま…って!気になって仕事どころじゃなくなっちゃってっ希ちゃんは!?」
「さっき一旦目が覚めて…今日は入院だって」
「そう…」

明らかに心配な様子のマリエの顔に、ほんの少し安堵の色がみえた。

この家に引っ越してきてから、隣の希は生まれたころから見知っているマリエにとって自分の娘の様な存在である。

その希が病院に運ばれていると、偶然他の用件で万里に仕事中に電話した時に聞きつけ、仕事も手につかず早めに切り上げてきたのだった。

仕事に忙しく家を空けることが多い自分や単身赴任の夫の所為で、自分の息子・万里は幸か不幸か、申し訳ないほど実年齢以上にしっかりとしている。
大概の事には何事にも冷静な判断で対処してきた、その息子の表情は―――

「万里、大丈夫?」
「…へ?」
「あんた、顔色悪いわ。…こんな時だからこそしっかり休みなさい」
「かーちゃんこそ」

「じゃ、お休み」と自分の部屋へと帰っていく万里の背中をマリエはそっと見守った。




部屋に戻り、カバンをドサッと床に落としながら、重く感じる身体をそのまま、ベッドへばたんと沈め、はぁと大きく長いため息を吐き出して、目を瞑った。

朝から感じていた、あの胸騒ぎ

早く行動にうつしていれば・・・

後悔の波が押し寄せていた。


「希・・・」



***



平と希の教室を後にした後、自分たちの教室へ戻りつつ平に母親へ確認して貰えば、今日希が朝早く出かけた理由が分かり、急いで教室へ戻る。

判るか、知っているかはわからない。でも可能性があるならとクラスメイトの、元中学女子バスケ部だった矢野に話せば、後輩に確認してみると連絡を取ってくれる事となり、それを待つ間に平と万里は手がかりがあるかもしれない部室や体育館の方へと向かった。

部室に到着した頃、矢野からあらかじめ知らせてあった万里の携帯へ連絡が入り、体育館裏の倉庫へと急いだ。

そこで見たのは、倉庫内の物が崩れた山の下に
ぐったりと倒れこんでいた希の姿。

血の気が引いて、一瞬反応が遅かったものの、早く動いた平が希の流す血に驚き座り込んだ時に慌てて動いた。

意識はある。しかし酷い怪我だ。

本当なら動かすのも危険かもしれない。だが早く診てもらわなければと、急いで医務室へ、そしてそこから救急車で病院へと運ぶこととなった。

病院に到着して、即医師の診察や治療が始まった時、待合室でうろうろと落ち着かない平とは反対にベンチに深く座りじっと動かない万里は、両肘を腿につけ、両手を握った上に額を置いて、祈るような形で座っていた。


今更後悔しても仕方ない事はわかっている。
だが、倉庫で見つけた希の姿が脳裏から離れない。

あんな姿を見るとは・・・

そう思うだけで、万里の両手により一層力が籠った。



バスケ部へ体験入部をすることとなった希は一切口にしないものの、その雰囲気から何か嫌なものを万里は感じ取っていた。

本人は一切隠しているが、ふとした何気ない一瞬に見せる表情。
それはわずかで本人も気付いていないかもしれない。
だが、万里には何かあるかもと日が経つ内にその思いを募られていた。


その時にそれとなく探りを入れてみればよかった。
本人が隠すほど、言いたくないことならそのまま様子をみてみようと判断したのが間違っていた。

後悔は途切れることなく、ふくらむばかりだった。




どれくらい経過した頃か、連絡を受けて次々集まり始めた天野家の姿を確認しつつ、病院へ運ばれた経緯を簡単に説明しつつも、早く希の顔を確認出来る事を願った。


しばらくして、希が寝かされているベッドが病室へと運ばれた。

幾分戻ってきたとはいえ、まだまだ青白い顔色
腕に、足に巻かれたギプスや包帯。
痛々しいその姿に、万里は苦痛の表情を浮かべた。

「っ…希っ!」
「ちょっと今は薬で眠っているからね」
運んできた看護師が、大丈夫と平の肩をポンポンと叩く。

「あ、ご家族の方に主治医からお話が…」と声をかけられ、自分も聞くとそれぞれが席を立ち主治医の元へ向かう為、万里は希のベッド脇の椅子へ座り、静かに眠る希の手に触れ、そして手をそっと両手でやさしく包み込んだ。


こんなことになるなら、早く行動すればよかった。

こんな希の姿を見ることになるのなら・・・


「希ちゃん・・・・ごめん」
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