っポイ!Long(万里)

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「今年は1年の天野がスターティングメンバーに決定している」

バスケ部体験入部も後半となったある日
2・3年メンバーに、監督はこう伝えた。



ULTRA BLUE 




入部した1年はまず通常基礎メインで、最低でも夏迄は試合に出ることはないのが暗黙のルールだった。

それがまだ体験入部でもある希を今年コーチから昇格した監督ははっきり宣言してしまったのだ。

実際、練習でも、他の1年とは違い2・3年の実戦練習に参加させるなど、本人も戸惑う特別待遇もしており、部員の中で少しずつ、でも確実に、不満の種が湧きだしていた。


確かに実力のある人物を試合に出したほうが良いことはわかっている。
だが、ここまで必死に練習を積み重ね、勝ち取ってきた3年のスターティングメンバーにはいとも簡単にその座を奪われる事に、分かっていてもやはり納得できないのだった。



***



「天野、2・3年と同じく今日は上がっていいぞ」
「いえ…皆と一緒に後片づけしていきます」

今日も途中から2・3年と同じメニューをこなすことになってしまった希は、練習終了後監督からの言葉に従うことなく床に転がったボールを拾い集めていた。


この監督さん、なんで私にこんな風に接してくるんだろ…
他の1年部員と一緒の扱いをしてほしいのに。
日に日にエスカレートしているように感じる監督の自分への扱いに戸惑うばかりの希だった。

「天野さん、監督さんもああ言ってるし…」
「うん、上がっていいよ?」

ボールを集めてくれば、1年部員たちが遠慮がちに希へ伝えてくるのも昨日と同じで、この後の答えも同じだった。

「1年は後片付けするんでしょ?早く片付けちゃおうよ」




***



「あ、希!」
「おつかれ〜」


今日も駅で希を待っていてくれた兄の平と万里をみつけ「ただいま〜」と、笑顔で答えた。

駆け寄って行けば、微笑む万里が自然に今日も希のカバンをひょいと奪った。

「あっ!また今日も〜!」
「希、オレも!」

途中で購入したのだろう新しい漫画を読んでいた平が、出遅れたとばかりに慌てて万里の後に希の持っていたもう一つのバッグを手に取った。

「希っ!疲れたダロ?にーちゃん持ってやるっ」
屈託のない笑顔で『兄』を強調して言う平に希は言い返すこともなくバッグから手を離した。

「そんなに希のカバンが好きなのね。2人とも」
「うん、オンナノコの、特に希ちゃんのは何でもスキヨ」
「オレはにーちゃんだから・・・って!万里っ!カバン抱きしめるなぁっ!」
「万ちゃんー!」

悪ノリの会話に、希も思いっきり笑って歩き出した。
さっきまでのもやもやした気分を忘れさせてくれるほど。
兄は気づいていないのか、ただ無意識に感じ取ったのか・・・は不明だが、きっと勘のいい万里は、希に何かあったとすでに気付いているのだろう。
本人が話すまで、気付かないふりをしているはずだ。
そんな2人に「ありがと」と微笑みながら背中をポンと叩くのを合図に自宅へと続く道を走り出した。

「家まできょーそーっ!」
「あっ!希!」

一瞬で遅れた平が負けじと希の背中を追った。
そんな2人を―――希の姿を見つめながら、万里は心配そうな顔でポツリと名前を呟いた。


「希・・・」



***



体験入部もあと明日で終わりとなった夕刻。
いつものようにバスケ部で変わらない対応を受け続ける希に、3年部員たちは明らかに不満を抱いている状態だった。

特に、前キャプテン――矢野からその座を渡された、現キャプテン。
矢野の実力には及ばないものの、彼女も実力はあるのは認められており、自分も矢野の様なバスケが出来るようにと努力してきた。それは他部員たちも同じだった。

それが、つい最近『体験入部』として入ってきた希に監督の扱いが日に日にエスカレートしている。

確かに彼女はバスケセンスが秀でている。それは認めざるを得なかった。
そして何より昨年まで在籍していた前キャプテン・矢野のバスケスタイルとも酷似しているようだった。
確かに、彼女が部員として加入すれば、即戦力として使えるだろう。
しかし・・・

「天野の様なバスケが出来る様に、お前たちも一層努力しろ」
「こんな調子だと、試合で天野一人に負担がかかるぞ」

何かにつけて、1年のいない部室で長々と希の名を出す新監督の言葉に、監督から希へと不満の対象は変わっていったのだった。



「天野さん、ちょっと」
「…はい?」

1年だけで片づけを行い、着替えも済ませて帰ろうとした時、2年の部員だったか――が2人、希だけにそっと声をかけた。

「3年の先輩たちからの伝言なんだけど、明日朝体育館集合だって」
「1年全員ですか?」
「声かけた人だけだって…他に誰に声かけたかは聞いてないんだけど」
「…そうですか。分かりました」

ありがとうございました。と声をかけた後立ち去る2人の背中を見送りながら、希は――――考えないようにした。

考えれば考えるほど、ヤなことが浮かんでくるから・・・

とりあえず明日までの体験入部だ。
終わってから考えよう・・・

きっと今日も彼らは迎えに来てくれているはずだ。
遅れたら心配をかけてしまうなと、希は駅へと急いだ。



***



体験入部最終日、いつもより早く起きた希は、いつも笑顔で朝食を出してくれる母親に感謝しつつ手早く済ませ伝言を頼み、いつもより早い時間に家を出た。


「おかーさんおはよー」
「あら、成ちゃんおはよう」

玄関のドアがぱたんと閉まった後、眠い目をこすりながら、平のもう一人の妹の成がキッチンへ降りてきた。

「希ちゃん、もー出かけたの?」
いつももっと遅いのに。とまだ眠りから覚めない中、椅子に座り、タイミングよく差し出された牛乳をぐびっと飲んだ。

「ええ、今日は部活で朝練があるからって早く出かけるって言って…」
「へぇ。そなんだ」

バスケ、続けることにしたのかな?と思いながら、牛乳をもう1杯飲み始めた。

「成ちゃんも今日は早いわね」
「朋からメールで朝会おうって」

どうせまた写真の請求だろう。
先日自宅で撮影した兄や妹の写真が目的だろうと分かっていても、友人の頼みを断れない性格の成はOKの返信をしたのだった。

そうだったの♪とにっこり微笑みながら出された出来立ての朝食を成は「いただきます」と言うが早いか食べ始めた。

「成ちゃん、ゆっくり食べていいのよ?」
「んー」

すでに空っぽになったグラスに3杯目の牛乳を注ぎながら、朝食をぺろりと平らげていく成をみて昭は「足りないかしら?」と考えていた。










今日、何が起きるかなんて、だれも想像していなかった。
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