アルスラーン戦記 パルス歴321年 アルスラーンはパルスの居城となった、 北の要塞・ペシャワール城へと向かった。 それは新たな同士、ジャスワントを伴ってであった。 第19章 冬の終わり エクバターナでは、王弟ギスカールが銀仮面ヒルメスにザーヴル城を占拠しているボダンと聖騎士団を攻略するように命じた。 ボダンはザーヴル城から、いくつかの要求を突き付けてきていた。 1つはアンドラゴラス王とタハミーネ王妃の処刑。 もう1つは異教徒の女に現を抜かした王に、神への懺悔と、一生戒律を破らないと制約させよと。 神の名を借りて権力を増大させようとしているとヒルメスに言った。 ギスカールの命に従うかどうか、ヒルメスはサームへ話せば受けるべきだと言った。 討伐の名の元、兵を集められると。 ルシタニアの費用を使って兵士と武器を整えることが出来ると。 また、ルシタニアの中でも、ボダン率いる聖騎士団は狂信者、それらを撃つことにより、パルスの民にとって歓迎すべきことだと言った。 「殿下はいずれ、パルスの上に君臨なさる御身なれば決して損にはなりますまい」 「ではもし負けたら?」と聞けば 「英雄王カイ・ホスローの御子孫ともあるお方が負けるという言葉を口にするとは…ボダンを倒せずにして、パルスの復興はあり得ませんぞ」 情けない事をおっしゃいますな。とサームは言った。 「その通りだ。良く助言してくれた」 「恐れ入ります」 「やはりお前を臣下にしてよかった」 頭を下げるサームはヒルメスが言ったのを、目線を落として聞いた。 *** 王都陥落までの出来事を思い出しながら サームは地下牢へと向かっていた。 ルシタニアが城門へと迫る。 奴隷解放の流言による奴隷たちの蜂起。 地下水路からの王宮侵略されカーラーンの裏切り。 そして… 正統の、王家の血筋―――ヒルメスの出現。 自分の目と耳で、確かめせざるを得ない… 「サームか…」 「左様でございます」 牢に繋がれたアンドラゴラスに礼を尽くすように片膝をついて頭を下げた。 「…何をしに来た」 「陛下に伺いたいことがあり、参上いたしました」 両手を鎖でつながれ、髪は伸び放題、身体は汚れたまま…アトロパテネ開戦以前の姿からは想像できない様子のアンドラゴラスはサームと目を合わせることなく「…何を聞きたい」と静かに言った。 「17年前の一件でございます。陛下、あえて伺います。17年前、陛下はオスロエス王を暗殺なさったのですか?」 サームの問いに、アンドラゴラスはただ静かに聞いた。 「兄王を殺害し、王位を奪われたのですか?…そしてヒルメス王子を…焼き殺そうとなさったのですか?」 「…今更、それを聞いてどうする」 アンドラゴラスが問う。 「私は、戦う以外に能のない男です。それが王家の温情を頂き万騎長(マルズバーン)などという名誉ある地位にして頂けました。私は王家に恩があり、またパルスという国に愛着がございます…故に、私の迷妄を陛下に醒まして頂きたいと思い…伺った次第です」 「ふん…そんな事か。お前は、地獄の深淵に立つ覚悟があって儂に問うておるのか」 「陛下」 鼻で一瞬笑った後、アンドラゴラスはまたサームからはその表情が読み取れぬ影の中で言った。 「…儂は予言に従ったまでの事よ。とうの昔から、パルスの王家の歴史は血と嘘で塗り固められておるのだ」 「だが…」とアンドラゴラスは目を開き、サームに鋭い目線を向けた。 「それをお前ごときが知ってどうする」 その目の、そして言葉の鋭さに、サームは目に見えぬ畏怖を感じ、それ以上何もいう事は出来なかった。 「フッフッフッ…ハハ…アハハハハ!」 アンドラゴラスはそんなサームを前に笑い始めた。 その声は地下牢に重く響いた。 *** ギスカールの命を受けたヒルメスは、パルス人だけの兵3万と武器を持ちサームと共にザーヴル城へ向かった。 途中、村人より話を聞いたサームが、その話に出てくる人物に心当たりがあると周辺を捜していた所、そこにはかつてパルス国万騎長・クバードの姿があった。 サームの口利きによりクバードも加わったヒルメス率いるパルス軍はボダン率いるルシタニア軍を破った。 残る聖騎士団はザーヴル城に逃げ込み、身を顰めた。 ヒルメスと対面したクバードは、「ひとつお聞かせ願えますか?」と言った。 「あなたが王位を求めるのは、いかなる理由ですか?」 「…俺は、王国の安寧をもたらす為に、奪われた玉座を取り戻す。それだけだ」 「『奪われた』のはルシタニアにですか?それとも――」 「いい加減にしろ!」 ヒルメスに側近かのようについているザンデが大声を上げ、サームがそれを止め、クバードにも「お前もいい加減にせぬか」と言った。 クバードはハァ…と大きなため息をつき「サームよ、悪いが俺は行くぞ」 と言った。 「アトロパテネで敗れたおかげで、やっと自由を手に入れた身だ。もう少しこのままでいたいのでな」 ヒルメスをじっと見れば「好きにすればよい」と同じくじっとクバードを見ていたヒルメスは言い「この男に此度の褒美を取らせよ」と 言い残して去っていった。 「お前が言う通り、ヒルメス王子が正当な血筋だと言うのなら…ルシタニアより国を取り戻した後、今度は玉座を巡ってパルス王家同士で、血で血を洗う戦になるわけだ」 ヒルメスに続き、ザンデをはじめ他の兵士もいなくなり、その場に残ったサームにクバードは言った。 「それは…」 「そんな戦いに巻き込まれるのは馬鹿馬鹿しい。悪いが俺の事は忘れてくれ」 クバードは自身の武器である大剣をぐいと肩に持ち上げた。 「ヒルメス王子にお前がついているのは判った。ではアルスラーン王子には誰がついているのだ?」 「ダリューンとナルサス、そして…名無しさん様だ」 「ほう、あの王宮嫌いのナルサスがなぁ…名無しさん様の影響か?なに、面白い」 笑い「じゃあな」とクバードは馬を走らせて遠くへと消えていった。 パルス歴321年 3月 アルスラーンは王太子の名において、歴史上重大な2つの 布告を発したのであった。 ルシタニア追討令 故国を侵略したルシタニア人を追い払うため、すべてのパルス人は 王太子アルスラーンの元、ペシャワール城に結集せよ 「という檄文です」 ナルサスの説明を聞き、アルスラーンは署名する。 「そしてこれが…奴隷廃止令です。これは殿下が国王に即位したのちパルス国王は奴隷をすべて解放し、人身売買を禁止することを明示しております」 「ああ…」と再びアルスラーンは皆の見守る前で署名をした。 この布告が、のちにこの少年を、解放王アルスラーンと 言わしめる事になるのである。 アルスラーン、14歳と6か月 彼の前にはまだいくつもの難関と、彼が知る故もない謎が 立ちはだかっている。 しかしそれらを克服した時にこそ、彼は後世に名を伝える 事になるのであろう。 |