纏本
□PHASE.10『色欲』
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――中立国スカンジナビア王国。
総合博物館の一つの区画にて、展示される一枚の壁画を男が見つめている。
石作りの壁画に書かれた古文を読めるわけでもなく、ただじっと時が止まったように男は動かなかった。
「――左遷させられたと聞いたが…?」
男の背後から掛かる声に、別段男は気にした風もなくただ壁画を眺めた。
「こんなところで聖遺物を鑑賞とは随分暇だな…エヴァン」
尚も男は表情を一変させることなく、身体から流れる神秘的な雰囲気も揺らがない。
「……なぁ…この壁画に描かれた少年は何を考えていると思う?」
ようやく出た言葉は自分でも可笑しなものだと思えた。
壁画に描かれた少年らしい人物は胡座をかいたかのように座り、眼を閉じている。
その少年から光が輝き溢れているかのような描写に、少年が悟りを開いた人物である事が分かった。
「何も考えていない……無想という奴だろう…東アジアにある小国の宗教にある一つの神と同じ描写だ、というより伝承に興味が余りない」
ふっ、と笑うて男は後ろを振り返りながら懐かしむかのような口調で口を開いた。
「……変わっていないな、ハルカ」
前と後ろもくせ毛のある長い茶髪にパープルの眸に目下にある隈、両腕を組んで白衣の上からも分かる柔らかい線の身体に女性である事が伺えた。
「……相変わらず研究熱心なようだな…せっかくの綺麗な顔に隈を作る程とは、どうやら俗世間に疎いのも昔のままのようだ」
「オープン(開けっ広げ)な世界の知られ見られるモノに興味がないのさ…それよりももっと誰も接した事のない、見られた事のない日陰に隠されたモノの方がずっと興味が惹かれるんだ」
「……知的好奇心だな」
そう言って再び背を向けて壁画を眺め始めたエヴァンにハルカは眼が細まる。
「お前が中立である此処にどうやって入国出来た?」
ある時はプラントのアカデミー校の教官、ある時は地球連合軍の士官。
そんな人物がどちらにも属さない国に居る事は不自然だった。
条約の結び繋いだ時ならいざ知らず、戦時中に中立国に居るのは不穏な空気を与え兼ねず、最悪外交問題だった。
「……旧い友人がたまたま高官をしていてね…」
「お前の目的が何なのかは知らないがね…余り痕跡を残さない方がいい」
国の政治家にコネを持つというエヴァンにハルカは怪訝な表情が浮かんだ。
「知っているとは思うが、お前は知り合いを持ち過ぎている……良くも悪くもね」
「……ふっ…お前らしい意見だ」
性格を見通されたのが嬉しいのか、忠告染みた言葉がおかしく感じたのか微かに笑いながら同意する。
壁画を暫く眺めていたエヴァンはふと、口を開いた。
「――種子が芽吹く時は何時だろうな…」