纏本

□PHASE.8『曇天』
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「……何故彼が…」

シャワーを浴びながらリンネは壁のタイルに両手をついて俯いた。
四肢に濡れる温水はやがて地のタイルに伝い、そして排水溝に流れていく。

エヴァン・レ・ハーネスは、リンネがまだ少年兵としての技術に甘んじていた時に出会った教官だった。
少年兵としての人を殺す技術の癖はリンネに相当根強く馴染み、軍隊であり警察でもあるザフト軍のアカデミー養成校の技術を体に叩き込むには苦労した。

様式が全く異なりながらも結果として一つに結び繋がる技術は、既に体に馴染んだ方にしか受け付けず、上乗せする形に叩き込むのは相当な時間と執拗さが必要だ。
そこでエヴァンに初めて癖を見抜かれた。

それからは何故かリンネも知らず知らずの内にエヴァンに引き込まれた。
他の教官や同僚に靡くような性格でもなかった筈だが、気付くといつの間にか隣にはエヴァンが居たのだ。
別に恋人とか友人とか、そういう理屈の仲でもない。
ただ、彼は不思議な魅力がある。
カリスマ性とも言うだろうが、言葉ではどうにも形容し難い何かがあったのを気付いた気がする。
不思議と、嫌なものではなかったと思う。

何しろ、不思議な謎めいた存在感を纏っていながら、誰からも慕われていたからだ。
さすがに全員が全員、彼を良く思っていたわけではない。
中には憎悪を抱き、陰口に近い囁きをする者が居る事も決して珍しくなかった。
それでも、気付くとリンネの隣か、目の前には彼の背中がある。
感性的には、リンネにとって兄が居たらこんな感じだろうかという感想は抱いた。

だが、その男は地球に降下する際のシャトルをテロリストの攻撃に巻き込まれて行方不明となる。
悲しみを抱く事は無かったが、自分が軍服を着ると何かが物足りなく感じたのは覚えている。

「……何故彼が、連合に…」

その男が、敵勢力である地球連合軍に身を置いている。
操られたのかとか、身内を人質に取られたのか、最初からスパイだったのか、と考えたが明らかに情報が少なすぎた。

「……私の弟は…」
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