yu-yu-hakusho K

□ごめん
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桑原君たちがこの世を去ってから何年経っただろうか。

魔界の森を幽助と歩きながらふと思う。

時の止まった身体で、もう誰も自分等のことを知っている人のいない人間界に尚も留まり生活しているオレたちは
二人で行動を共にしていた。

いつでも、どこでも寄り添いあった。

気がついたら恋人で、気がついたら彼のことがとても愛しく感じていた。



オレがそんな想いにふけっていたせいか、いつの間にか一緒に並んで歩いていたはずの幽助が遠くにいた。

「あっ、幽助。まって……っ」

オレが慌てて彼に声をかけるとピタッと止まって、オレの方を振り向いた。

ーーーーが。





「……幽助?」

振り向いた幽助の表情はまるでなくて、虚ろな瞳をオレに向けているだけだった。

「どう……」

言葉を紡ごうとした途端、胸元に鋭い痛み。

一瞬、何が起こったのかわからなかった。



ーーいや、理解したくなかった。


自分の胸に目をやると、そこは真紅に染まっていた。

真紅の胸元とーーー、手。



手?誰の。

その手から腕へと、肩、首、顔へと視線を上げてゆくーーーと。

「ゆ、すけ……?」

彼の腕は真っ赤に染まっていて、それが己の胸に突き刺さっていたからだと気づくのに数秒かかった。

「…っつぅ!……ハァッ…」

息をするたび胸が痛い。

肺がやられたのだろう。口の中が血の味で充満している。

「ゆぅ、すけぇ……」

倒れそうになった身体を、なんとか踏みとどまり彼の姿を探す。

が、彼が見当たらない。



フ、という息遣いが自分の真ん前で聞こえた。

視線を下げるとボンヤリとした幽助がいた。

「…幽…すけ……ヴッ」

彼を近くで見てやっと気づいた。




あぁ、ついに食人鬼としての本能が目覚めてしまったのだ、と。

考えたら、彼に喰われて生を終わらすのもいいか、と思った。

「ゆうす、け……」



彼の顔が裂けたオレの胸元に近づき、口を開き歯を立てるーーー寸前で彼の動きがピタッと止まった。

(……?)

不審に思い、恐る恐る覗くと彼の顔は真っ青だった。

絶望ーーーまさにそんな表情だ。



彼はゆっくりとオレの顔を見た。

だが、視線が合わない。

「ゆぅ、…っうぅ!……ふ、…ハ…ぁ…」

「……………」

肩で息をしながら様子を伺っていると、幽助が何かを喋った。

それはオレにも聞き取れないほど小さな声だったが、オレには解った。




‘蔵馬’といったのだーーー。



「ゆぅ、すけ」

オレも彼の名を呼ぶ。

だが、彼はそれを聞かず自分の手首を口元に持っていった。


何をするの?
やめてーーー

そう思うのに、自分の口はいうことを聞いてくれず声が出せない


そのまま幽助は手首を噛み切った。



千切れた手首には目もくれず、自然な動きで血の滴る腕をーー






ーー喰った。



「……ッ!…ゆ、……やめてぇっっ!…」


オレの声が聞こえているのか、いないのか。

彼は食べるのを止めない。

それどころか、千切られた反対の手で幽助は自分の肩を深々と裂いた。

その瞬間、傷口から紅く、黒い液体が飛び散りオレの頬に飛んできた。

「幽助!ゆ、……っはっっ!……っ幽っけ……やめて!やめて!」

オレは自分の傷を忘れ、必死に叫んだ。



けれど、彼の血は止まることなくドクドクと流れ出る。

できるだけ、肩と腕にひびかないようにそっと幽助に腕を回した。

「ヒッ…く、……やめて、やめ…ッて…」


いつの間にかオレの頬は濡れていた。

温かい。

なんだろうと思う。

ふと気づく。

視界がボヤけている。

喉から嗚咽が漏れる。

幽助がやっと焦点があった目でオレを見つめるその顔が、悲しそうに歪んでいる。



ああーーー泣いているのか。

だから彼は悲しそうで、たからオレは哀しくて。


「ごめん……ごめんな……ごめん……」

なにあやまってるの、つらいのはきみでしょうーーー

言いたかった。

オレは大丈夫だからって。

安心させてやりたかった。



彼はもう間に合わないとーーーわかってしまったから。



夥しく流れてゆく血。


止まらない、止められない。



今、持っている薬草は気休めにさえもならないものばかり。

彼はいずれ死んでしまう。




彼を独り逝かせたくない。

独り遺されたくない。



「オレの…こと、くって……っいいからぁっ……キミがのぞ…むなら、オレは……っ」


気づけば言葉にしていた。

すると、かすかに幽助が息をのむ気配。



見ると彼の顔から血の気がひいていた。


その瞬間、頭が一気に冷えた。


ーーー彼はそんなこと望んでなんていないのに。

考えもせず口走ってしまった己が憎い。



ごめん、せめてそう言おうと思ったのにーーー



「ぁ…」



横たわっている幽助の身体からふと、何かが消えた。


「ゆ……っ」


違う、違う、と起こった事を否定したくて急いで彼の首筋に手をあて、脈を探す。

なのに、どんなに探してもみつからなくて……




「ゆ、すけ……っ。ぃ…いやああああぁぁぁ!!!!」



いつの間にか、雨が降っていた。
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