絆道

□第32話
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「いや〜楽しかったなぁ。ユウちゃん可愛いし〜、本気出してくれたらもっと楽しかっただろうになぁ〜」



くるくると目まぐるしく変わるソウのテンションについていけそうにない。
曖昧に頷いて控室に向かおうと踵を返したその時、ガクンと膝の力が抜けた。
そのまましゃがみ込んでしまう。
何が起こったのか、一瞬分からなかった。
次にぐつりぐつりと煮え滾るような感覚に襲われ、また暴走するのではないかと胸にひやりと冷たい物が走る。
封印を解いてしまった影響だろうか。
耳鳴りがして、頭が割れてしまいそうなほどの激痛に頭を抑えた。



「っ……ぐ、ぁ……?!」



全身の血が沸騰しているかのようだ。

憎い。
ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ!

自分の物じゃない感情がふつふつと沸いて、ユウを飲み込もうとする。
怒りと憎しみが止まらず波のように押し寄せ、目の前が真っ赤に染まっていく。



「……へぇ」



怒りのままに声の主を睨みつける。
ソウは、あの恍惚とした笑みを浮かべていた。
その笑みがやけに不快だった。
頭の中で、誰かが嘲笑う。



「つ……!」



違う。
違う違う違う違う違う!!
あたしは誰も憎まない。憎んでなんかいない……!!

だってそれは全て、ユウが悪かったのだから。
ユウさえいなければ、あんなに彼らが狂うことも、破滅の運命を辿ることもなかった。
ならば仕方ないではないか。
全て自分が悪いのだ。



――――本当に?

「っ……!?」



本当に、ユウが全て悪かったのだろうか。
毎日毎日気が狂うような苦痛を味合わなければいけないような悪事を働いたのだろうか。
この里の人々にあんな目で見られ、忌み嫌われるほどの何かを自分はしたのか。

だって仕方なかったじゃないか。
命令に逆らってはいけないと身に刻まれたのだ。

あの時は、だって、でも、あたしはただ……。憎まないと決めて、諦めて、そうしなければこの溢れだしてしまいそうな何かのせいで狂ってしまいそうで。
なのに、どうして、『私』ばかりが!!



「なぁ、あいつら殺したくない?」



耳元で囁かれた瞬間、時間が止まったような気がした。
殺す? 誰、を……。



「何を我慢する必要があるんだよ? だって、ユウちゃんは何も悪くなかったじゃん」



なのにさっきだってあんな罵声浴びせられてさぁ。

唇を歪め、笑うソウから目を離せない。
ユウは何も悪くなかった?
そんなはずはない。
そんなはずがないのだ。
そうでなければ『可笑しい』!



「そうやって、なんでもかんでも我慢してる方が……『オカシイ』んじゃないかなー?」

「!」

「普通なら、憎んで当たり前だろ。普通は憎んで、怒って、妬んでさぁ……殺したくなるだろ」



頬に添えられた手のぬくもりにびくりと肩を揺らすユウを、恍惚とした瞳で見つめ、ソウは微笑んだ。



「ずっとお前ばかり、そうやって苦しむの? 本当は辛いんだろ。今だって」



ユウは答えられなかった。
緋色に染まった左目と、いつもと同じ翡翠の右目が戸惑ったように揺れ、ソウを見つめている。



「オレだったら、否定しないよ? 誤魔化すでも見てみぬフリをするでもなく、ユウちゃんの全てを受け入れて、その上で愛してあげる」



だから……。



「オレの所に堕ちておいで?」



悪魔の囁きは甘いという。
甘美で、優しくて……危険だと分かっているのに手を伸ばしてしまいたくなるほどに魅力的で……。
ソウの紡ぐ言葉は、まさしくそれだった。
ユウは眉を寄せ、唇を噛みしめる。



「ユウ!」



ハッと痺れていた頭が突如現実に引き戻された。
ドクドクと耳元で心臓が鳴っている。
相変わらず酷い頭痛だったが、ソウはユウの頬に手を添えてなどいなかった。
少し距離を置いた所から、あの恍惚とした目でユウを見下ろしているだけである。



「……ぇ……?」



幻術、だったというのか。
先程までの、あれは。



「ユウ! おい、大丈夫かよ!?」

「しかま、る……? ぃあっ!?」

「ユウ!?」

「ユウ! しっかりしろ!!」

「医療班は何してる!?」



その声でナルトとサスケも来ている事が分かったが、頭痛が酷くてそれ所ではない。
誰かが目の前に降り立った気配がした瞬間、ざわめきがピタリとやんだ。
なんとか薄目を開けて見上げると、険しい表情をした猿飛がいて、心臓が凍った。



「……さ、三代、目……」



意図せず声が震える。
先程までソウに縋りたいなどと少しでも思ってしまったせいか、目の前にいる老人がやけに恐ろしい存在に見えた。



「ユウ」

「あ、ああ……あ、わた、“私”……ごめんなさ……や、やだ、あそこは、やだ……!」



封印が解ける可能性があるからと、また、あそこに閉じ込められるのだろうか。
冷たい鎖を感じながらただ一人、切り裂かれて、どんなに悲鳴をあげても誰にも届かない、あの牢獄に。
嫌々と首を振るユウを見て猿飛は眉を下げた。



「ユウ……すまん」



そっとその頭を撫でると、ユウは一瞬ピクリと身体を跳ねさせた。
そして糸が切れたかのように、ふつりと倒れ込む。



「ユウ!?」



薄らと開いた視界の先。
ソウと風影が、ねっとりと絡みつくような目で見てくる中、ユウは意識を失った。




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