紅狼
□第八訓
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夜のかぶき町
お登勢≠フ看板には灯りがともり、店内からは今日も今日とて賑やかな声が聞こえてくる。
「姉ちゃん、酒一杯!!!」
「はいよ!」
「こっち冷奴!」
「はーい!」
紺色の着物の袖をたすきで捲り上げて、せっせと健気に働く名前の姿を頬杖をつきながら見る常連の男。
「お登勢よぉ、いつの間に看板娘ができたんだんだぁ?」
「そんなんじゃないよ、アイツは私の娘さ」
「まじか」「あの子がねー」「良い子だなー」「似てねェな」
お登勢≠ナ名前が働きはじてめ、今日で一週間がたつ。
最初こそは慣れていなく、苦戦していた作業も、日に日に楽しそうにやっていく名前の姿に、客もまた応援し、お登勢も頬が緩む。
「ふぅ…………」
額に滲みでた汗を手の甲で拭う。
お登勢に来る常連さんも、お客さんも皆いい人だ。
情にあふれているというか、人柄が良いというか………。
これもかーちゃんの影響なのかもしれない。
店の戸が開けられ、反射的に顔をそっちに向ける。
「いらっしゃ…………なんだ銀時か」
「銀時かってなんだよ、人がせっかく心配して見に来てやったのにそんな反応はねーんじゃねーの?銀さん、悲しい!」
「はいはい、心配してくれてありがとうございますぅーこの通り元気ですぅー」
「なによりだよ!」
銀時はいつもの座っているカウンターの端に座る。
銀時の前にいつもの酒を注いだお猪口を置き、皿洗いをしようと離れようとすれば手首を掴まれる。
「飲まねェのか?」
「仕事中なんですけど」
「ちょっとぐらいいいじゃねぇーか」
「私、こーみえて真面目な………って聞いてる?おい、この天パ!」
いつの間にか私の愛用のお猪口に
酒を注いでいく銀時。
ため息をつけば、かーちゃんがいつの間にか隣にいた。
「今日で最後なんだ、アンタも呑んでいきな、どうせまた呑めない日が続くんだろ?」
「かーちゃん………」
「ほら、ババァもこーいってんだ座れや」
「……………ありがとう」
エプロンをとり、銀時の隣の椅子へと座る。
どちらかともなく、同時にお酒を呑む。
「………久しぶりだね、アンタと呑むなんて」
「そうだな、あん時は五人でどんちゃん騒ぎだったけな」
脳裏によぎるのは、戦の勝利を願って五人で酒を飲んだり騒いだりしていた頃のとき。
「過去は振り返らない主義じゃなかったっけか?」
「うるせー、そういう時は俺にも必要なんですぅー」
「あらそうですかー」
「……………なぁ、お前高杉にあっただろう」
銀時の言葉に、酒をのむ手が止まる。
ゆっくりと、カウンターにお猪口を置く。
「祭りのときにね………
戻ってこい=c…そう言われた」
「………………」
お猪口に注がれた酒の水面に己がうつり、ゆらゆらと揺れる。
まるで私の心みたい。
「…………私は戻れない、破滅の道を行く晋助とは共に歩めない」
「………………そうか」
「……………銀時は?」
「……………さァな、けど
俺ァ、約束を違うつもりはねェ」
銀時の横顔に息をのむ。
その横顔は、あの日の横顔にソックリだったから。
*