短編
□マルコ娘
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私は、わたしは、わたしは。
「おっ、おかえり、レン。……レン?」
セイエンさんの、声。あぁ、ただいま、と、言え、笑え、なんで。
「セイエン、さん」
ただいま、と、そう言って笑いたいのに、レンの顔が笑顔で彩られることはなく、ただいまの一言を紡ぐことすら出来なかった。
ただ、いつも一緒にいてくれた彼の、血は繋がっていないけれど確かに家族である彼の名前を呟いて。音もなく涙が伝った。
帰ってきたレンは、声さえ無く静かに泣いていた。
「セイエンさん」
と途切れる声を発し、一瞬だけ泣いて。
慌ててカウンターから出てタオルで顔を拭ってやれば、虚ろな瞳がセイエンの方を向いた。
「―――ッ!!」
――この瞳は、駄目だ。
この瞳は、いけない。
これは、アイツが死んだ時にしていた瞳だ。駄目だ、まずい。
――レンが、壊れる。壊れてしまう。
「レン、…レン」
アイツの忘れ形見であるコイツが、オヤジの孫であるコイツが、――おれの大事な家族が、壊れちまう。
「レン、返事しろ!こっちを見ろ、レン!」
虚ろを、覗き込む。違う、レン、閉ざすな、頼むから。
虚ろから、また涙が伝う。そうだ、泣け。泣いていい。泣いていいから、我慢するな。――壊れるな。
「セイ、エンさ、…セイ、さん…っ」
く、と少しだけレンの顔が歪んだ。それを見て、思い切り抱きしめた。
途端、レンが堰を切ったように泣き出す。途切れ途切れに漏れる声が、コイツの危うさを表しているようで胸が痛い。
子供の頃のようにおれをセイと呼ぶのはアイツの死をやっと受け入れられた時以来で、島の奴らから嫌がらせをされようがこれみよがしに悪口を言われようがおれに何もするなと言った上で耐えてきたコイツがこんなにも泣くのは何故だ、と原因を殺したくなった。
アイツが死んだ時のレンは本当に酷い状態で、飯も食ってくれねぇ、水も飲まねぇ、眠りもしねぇで、なのに声も音も立てずにただただ泣き続けるもんだからアイツの後を追っちまうんじゃねぇかって、いや、行動に移さなくてもこのままじゃ死んじまうと思った。
そんな状態だったのをコイツを死なせねぇように、アイツのために、おれのために、何よりレン自身のために、壊れかけていたのをどうにかこっちに戻してやって、どうにか声出して泣かせて、やっとコイツの目から虚ろが消えたってのに、その時とほとんど変わらねぇ目をしてやがった。
コイツがこんな目をするってのは、よっぽどのことがあったからだ。
たとえば、希望がなくなるみてぇな、大事な奴らから自分を否定されたとかアイツのことを責められたりだとか、だろう。
――そういえば、今日来た海賊団の名前を、島民から聞いた。白ひげ海賊団。おれとアイツの家族。――レンの、家族。
おれは、アイツらがここに来んのがわかってたから何も言わなかったし迎えにも行かなかった。
オヤジは多分降りて来ねぇだろうしな。
おれが船に行くとしたらそれはレンとコイツの父親と一緒じゃなきゃ駄目で、だからレンは一人で町を見てて。
レンが外に出たということは、だ。もちろんおれらの家族に会う可能性がある。しかも高い。
しかし、島民は海賊が来てようがコイツが外にいるとこれみよがしに色々言ってくる。
――それを聞いた、家族は、どうする?
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帰り道「main」
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