短編

□イゾウ成り代わり
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見慣れた背中。見慣れた刺青。背中一杯に刺青を彫り、それを堂々と見せている、冬島だと見ているだけで寒そうな姿。
ふわふわと風に揺れてきる柔らかい癖毛をかき回して褒めたこともあった。同じようにして慰めたこともあった。
ウチの大事な、可愛い末っ子。

「−−エース」

名前を呼ぶと、露出された肩が僅かに跳ねるのが見えた。
ゆっくりと足を進める。エースは振り返らない。けれどぐっと体を強ばらせていた。唇を噛み、拳を握りしめて自分を責めているのが手に取るように分かった。
イゾウが少し手を伸ばせば触れられる距離にまで近付いても、エースは振り返らなかった。
イゾウは静かに苦笑いして、徐に手を振り上げるとそれなりの速さで家族の象徴とも言える刺青へと叩きつけた。

「いってぇ…っ!!」

肌がぶつかる音が弾けると同時にエースが跳ね上がる。背中に手を当てながら誰だよ、と涙目で振り返った彼は、瞬く間に凍りついた。

「しょぼくれてんじゃねェよ、エース」

イゾウがそう言って笑いかけるがエースはピクリともしない。息も止めてるんじゃないだろうか。
情けないねェと額を指で打つと途端に体を弛緩させて尻餅をついた弟に、サッチもハルタも平気だったからと油断していたイゾウはもしや気絶でもさせてしまったかと慌てて膝を折る。

「エース?大丈夫かい?」

イゾウが顔を覗きこもうとするが、エースは息を飲んでゆらりと炎を揺らした。

「お前ェ、誰だ。イゾウは、死んだ。おれが殺した。誰だ。アイツの姿しやがって、おれ達が油断するとでも思ったのかよ!ティーチの仲間か。それとも賞金稼ぎか!?お前誰だ!誰だよ!!」

そう叫んだエースは見ている方が悲しくなるほどに悲痛に満ちていた。眉を寄せ、唇には血が滲み、瞬いた瞳からは涙が伝う。ゆらゆらと不安定に赤が揺れ、涙を蒸発させていく。

「なぁ、お前ェ誰だ!?船員を家族っつって大事にするウチなら家族の姿纏ってりゃ楽だと思ったか!家族の姿なら楽に殺せると思ったか!」

「エース」

「そうだよなぁ、そう思うよなぁ!白ひげ海賊団が船長をオヤジって呼んでお互いを兄弟って言って結束が固いのは有名だもんなぁ!隊長で、皆から慕われるイゾウなら楽々だと思ったんだろ!?残念だったなぁ、イゾウは死んだんだよ!おれが殺したんだ!!」

血を吐くような叫び声だった。大事な大事な弟を、こんなにも苦しめたのかと思うと胸が痛くて堪らない。

「エース、ごめんなァ」

するりと腕を回してエースの頭を抱え込む。相変わらず所々炎に変わっているが、熱さは感じなかった。ヤミヤミの実の能力か、あるいは1度死んだ身だからか。しかし好都合と言えば好都合なのでそう気にはしない。

イゾウはエースの柔らかい髪を撫で、囁くような声で言葉を紡ぐ。

「ごめんなァ、エース。お前ェらの気持ちも考えずに死んじまって。
もっと冷静でいれたらなァ。サッチが起きるぐらいまでは生かしておいてもらえたかもしれねェんだ、死なねェでいりゃァお前ェらにこんな辛い思いさせずにすんだのになァ」

優しい声音だった。どこまでも気遣いの色に染まった言葉だった。家族になってからずっと−−いや、家族になっていない時からずっと世話になった人の、聞きなれた声だった。

この人を自分が殺したんだと、鮮烈なまでに悟った。認識させられた。
今までだってずっとそう思ってた。だけど、今のはその比じゃない。常識を覆し自分を染めていくような、無理やりに作り替えられるような、そんな錯覚に陥るほどに、その瞬間、はっきりと理解した。


この優しすぎる兄を、おれは、信じなかった。
そして、殺したのだと。


エースの瞳に涙が溢れた。自分が殺した人が目の前にいるという非現実に直面しているのに、最早疑うことなど出来やしなかった。だって、この人は本物だ。
周囲が皆敵だと言わんばかりに周りを攻撃し続けた時も、親のことを気にして落ち込んだ時も、サッチやオヤジに怒られた時も、いつだって本当に辛い時には気付いてくれて優しくしてくれて傍にいてくれた、優しい優しい兄。
−−そして、おれが殺した人、その人なのだ。

泣くなんて以ての外だろう。罪の意識を持つことですら許されないことだろう。けれど、エースは罪悪感を持たずにはいられなかったし、泣くのを我慢することさえ出来なかった。
自分が情けなくて仕方なかった。

イゾウは、そんなエースの葛藤を見抜いたかのように「泣いていい」と呟いた。


(−−−ああ)


エースは、ぼろぼろ涙を零して、子供のように声を上げて泣いた。泣いて、泣いて、泣いた。
おれは、確かにこの人を殺したのだ、と。
分かりきった事実に、耐え難い痛みと苦しみが生まれた。
自らが殺した恩人の優しさが痛くて、自分のことが許せなくて、もうこの人と共にはいけないのだと気付いて、泣きわめいた。



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