短編

□イゾウ成り代わり
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イゾウは、白ひげ海賊団の家族である彼は、確実に死んでいる。
幽霊か、と問われたら限りなくそれに近い。だが、全く違うもの。

イゾウは、あの日、甲板から飛び降りた日に死んだ。海に沈んで、死んだのだ。
それはもう、完璧に、完全に、文句なしに、純粋に、死を迎えた。息を止めた。
だが、今いるイゾウは、それも彼の迎えた死た同じように完全に、純然たるイゾウである。
ただ、確実に彼は、生きてはいない。
心臓は動いている。筋肉も動いている。体を動かすすべての機能だって正常に動いている。
それこそ、生きているかのように、そのままの状態で動いている。
それでも彼は、決して、生きてはいない。


ならば何が変わったのか。死は、死を迎えて尚何故か正常に動く彼の何を変化させたのか。

まず、体温が違う。少しだけ、僅かに、けれど確実に、低くなっている。暖かさは確かにあるのに、少しだけ、死の面影を残して、以前より冷たくなっている。

次に、世界への影響力が乏しくなった。
例えば、涙を零す。確実に彼は泣いた。泣いたけれど、落ちた雫は床に着く瞬間に消え、水素と酸素と塩素といった元素に、原子に分解され、還る。イゾウの体に。世界に、そこに存在する床に、つまり木に、ひいては炭素に、影響を及ぼせずに還る。

彼はもう、怪我を負わない。彼の何も、もう変わりはしない。

イゾウが世界のように、彼だけで、彼を創造する元素は失われることなくぐるぐると廻る。切り離された世界で、ぐるぐる、ぐるぐる、廻るのだ。
−−彼からは、何も失われない。


しかし、多少世界への影響力はある。

でなければ、彼の何も動きはしないし、存在もしない。
例えば、力が生まれることによる空気の、つまり力の歪みだとか、光や空気を歪ませることだとか、そういうことは出来る。
光を歪ませて彼は周りの目に入るし、空気を歪ませて−−つまり、揺らして、彼の声は周りの鼓膜を揺らし、声を届かせる。抱きしめて相手の服に皺を寄せるし、涙を拭って彼の服に染み込ませることだって出来る。

ただ、彼の何かは人にしか及ばないから、涙は消える。影響を及ぼす前に、分解されて彼に戻る。
怪我はしない。だってそれは、彼の体を変化させるから。彼の何も、損なわれるべきではない。

出来る限り、出来る限り、世界への歪みを消すために、彼はそこに存在していながらも、いくつかの歪みがあった。





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