短編

□イゾウ成り代わり
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サッチとイゾウは連れ立って甲板に出る扉の前にいた。

人差し指を唇に当て、静かにしてろとイゾウが口角を上げる。軽く振り向いている目の前の男のその仕草だけ見ると気障だと言うのに、彼には妙に似合っていて色めいてさえ見えた。
サッチがこくりと一つ頷いて返すとまた視線を扉に移す。躊躇っているのだろうか。

辛いのなら、やめていい。戻ろう。そんなことを言おうかと口を開きかけたところで、イゾウは猫のようにするりと扉を抜けた。
慌ただしい甲板を人の多さを感じさせない動きで通り抜けていく。

するりするりと人の間を抜けていく彼はここにはいないはずの人間だというのに、誰一人それに気付かない。
バタバタとイゾウを追いかけるサッチはもう何度ぶつかった家族に謝ったか数え切れないというのに、相変わらず妙なところで器用な男だ。

イゾウの向かう方向からは怪我人がどんどん歩いてくる。傷を見ると全員が先の嵐による怪我らしい。また喧嘩でもしているのかと危惧していたサッチはそっと胸を撫で下ろした。
気配を探ってみれば船尾にぽつんとある気配。向かう先にいるのは、エースだった。

イゾウは最初から迷わずそちらに向かっている。イゾウが得意なのは見聞色だがそれは先見や察知の方で、遠距離まで探るのはサッチの方が長けていた。
その彼が寸分違わずエースの方に向かって行くのには疑問を覚えたが、今考えることじゃないな、と心内で苦笑する。おれも混乱してんのかなー。

イゾウがどこに向かっているか分からないからこそ着いてきたが、行き先が分かったなら着いていくなんて野暮だ。
イゾウに十数秒遅れて着いたサッチは船尾の傍の壁に寄りかかって甲板を見やる。自分がやるべきなのは人払いだろう。

(アイツら、仲直り出来たらいいなぁ)
まぁ、あの優しすぎる馬鹿はきっと許すだろうし、自分を責めて責めて責めまくっている末っ子の心も解きほぐしてくれるんだろう。
サッチは眩しい太陽から逃げるように俯き、腕で目を覆う。ならば、イゾウを許し、イゾウを慰めるのは、一体誰なのだろう。


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