短編

□イゾウ成り代わり
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サッチが落ち着いてきたと見ると、少々行儀は悪いがイゾウは足で椅子を引っ張って座らせた。

「ごめんな、サッチ。お前ェもハルタも泣かせちまって。…お前ェら、そんなに泣くほど俺のこと好きでいてくれたんだねェ…」

中腰になって袖でサッチの涙を拭い、しみじみとイゾウが呟く。サッチはそれに反応してバッと顔を上げた。

「当…ったり前だろバカ!バカイゾウ!このバカ!大好きだバカ野郎!何で死んだんだよバカ!おれお前にいい酒買って鬱陶しいって言われるまで礼言ってやろうと思ってたのによぉ!死んじまったら何もできねぇ!何でだよイゾウぅ…っ!」

人のことバカバカ罵ったかと思えばまた泣き出したサッチに、イゾウはまた自分を責める。
もっと上手くやれていれば。オヤジや家族に話していたら。あの時生を諦めないでいられたら。俺が耐えていたら。もっと、頑張っていれば。

「ごめんな、サッチ…」

イゾウのどこか泣きそうな声音にサッチはまた騒ぐ。

「はぁ!?何でお前が謝るんだよバカ!おれがちゃんと起きてアイツらに説明したらお前は死ななかっただろうがバカ野郎!何で責めねぇんだよ!責めろよ!詰れよ!助けてやったのに見捨てて見殺しにしやがってって!なぁ!
――なぁ、なんで責めてくれねぇんだよ、イゾウ…」

サッチはそれを最後に項垂れる。バカだバカだと言いながら、その実本当にバカなのは自分だった。命の恩人罵ってどうすんだバカ。…ごめんイゾウ。こんなバカのせいでお前ェを殺しちまった。あの時もっと早く動けたら。あの時起きて説明してたら、イゾウは死ななかった。おれの大事な家族。誰より優しい家族。お前ェはおれを優しいって言うけどよ、本当に優しいのはお前なんだぜ?


「――本ッ当にお前ェはバカだなァ…」

呆れたように吐き出されたイゾウの声に、無意識に肩が跳ねる。

「俺は、助けてェから助けたんだよ、バカサッチ。
何でお前ェを責める?何でお前ェを詰る?…ごめんなァ、サッチ。俺が上手く出来なかったせいで、お前ェもハルタも傷つけちまった。上手く出来ねェ、不甲斐ない家族でごめんな」

――イゾウの拳が、ギリ、と音を立てた気がした。

「愛する家族を救いたかった。そのために、もっと上手く出来たかもしれねェ。そうしたらお前ェもハルタもそんなに苦しまないで済んだだろうに、俺が上手く出来なかったばっかりにお前ェらを苦しめちまった。
俺の至らなさが、お前ェらを傷つけちまった。お前ェらを助けたくてしたことが、逆にお前ェらを傷つけた…ッ!」

――ジワリ、とイゾウの唇から血が滲む。

「真直な末っ子は自分を責めたろう?誰より家族を想ってるあの長男坊は自分を責めたろう?優しすぎるくらいに優しいお前ェも、分け隔てがないハルタも、みんな自分を責めただろ?」

――違ェだろ、優しいのはお前だ。戦ってるところは間違いなく海賊なのに、その心根だけは海賊に似合わねェんじゃねェかってくらい真っ直ぐで、家族のことばっかり考えてて。

「…オヤジに申し訳が立たねェことをしちまったなァ…。オヤジは体もでけェが、それと比べても比べもんになんねェくれェ懐がデカいってのはマルコが言ってたんだっけねェ。ティーチのことを少しでも話しておけばなァ。オヤジだって人間だもんなァ…唐突に息子が切った張ったして死にかけだなんだって言ったら多少は驚くだろうに、何してんだろうねェ、俺は…」

――何となく、イゾウが自分を納得させようとしてるような気がした。自分を責めてて、けど何となく、無理やり自分にしょうがないんだって認めさせようとしてるみてェな。

「俺が至らないせいで、みんなに迷惑かけちまった。オヤジにも、お前ェらにも。
サッチ、頼むから自分を責めないでくれねェか?悪いのは俺なんだよ。マルコにも、エースにも言ってやってくれ。ハルタにも。お前ェらは悪くねェって。お前ェらが気にする必要はねェって。
俺がちゃんとやれてれば、それが一番良かったってのにねェ…。」

また、悔しそうにイゾウが拳を握って唇を噛む。本当にコイツはバカだ。お前が悪いわけねェのに。……けど、おれじゃこうなったコイツは正せねェよ。

なあ、イゾウ。おれもハルタもマルコもエースもビスタもナミュールも他の奴らもみんな、誰もお前ェが悪ィなんて思わねェし自分を責めちまうんだよ。でもお前は悪くねェって言ってもお前ェは自分を責めるんだろうよ。むしろ、言った方が責めるんだろうな。

――おれが見てきた可愛い弟は、そういう奴だったからな。こんなしょうもない不甲斐ない兄でも、それぐらいはお前のこと知ってるってんだよ、バカイゾウ。…死なせて、ごめん。


目の前で自分を責めて拳やら唇やらから血を垂らすイゾウに、サッチも同じように拳を思い切り握りしめた。
何も言えない。何を言っても、コイツは自分を責めちまう。

サッチは、何も言わなかった。胸の内では言いたいことが渦を巻いていたが、もう何も言えなかった。誰が好き好んで死んでまでおれ達を心配して後悔して自分を責める弟に更に追い討ちをかけるものか。
自分勝手に、自己満足に、お前ェは悪くねェ、悪いのはおれだなんか言えるものか。


イゾウから流れる血は確かに滴っているのに、それが床を汚すことは無かった。
サッチは確かにイゾウが死んだと聞いたのに、目の前の彼は消えなかったし物にも人にも触れる。

――最初に目の前に立つイゾウを見た瞬間、疑いは無かった。全てが吹っ飛んでいた。冷静になって、イゾウの姿を纏った能力者の賞金稼ぎか海賊かと疑おうとして、でも考え方も優しさも全部自分が知っている家族だった。

――もしかしたら、生きてるんじゃないかと、帰ってきてくれたんじゃないかと、思わなかったと言ったら嘘になる。

けれど、どこか冷静な頭の一部がそれを見てコイツは、目の前にいるコイツは、確かにもう死んでるんだと思った。

ポタ、と自分の拳から垂れた血が涙と混ざって床を汚したのを見て、どうしようもなく辛くて悲しくて虚しくて悔しくて寂しかった。



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