短編

□イゾウ成り代わり
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近付いてくる気配に気付き、イゾウはドアの方を向いた。

家族の気配なんざ感じ飽きてほとんど意識することもなけりゃ区別をつけるのも簡単じゃァねェがおれの感覚が正しいならこれは――

「ハルタ、入るぞ」

――思った通りだ。

ドアを開けて入ってきたのは見慣れたコック服だった。俺が守りたかった、大事な家族。

「サッチ…!」

ベッドに座っていたイゾウは立ち上がり、サッチの方へ歩き出すが、当の本人は状況を呑み込めずに立ち尽くしている。

「は…?」

間抜けな声を漏らしたサッチから2歩ほど離れたところで立ち止まり、ニッと笑顔を見せた。

「生きてたんだねェ!よかったよ!あぁ、ハルタならそこさね。多少埃っぽいがまァ大丈夫だろ」

目の前の光景が信じられなかったのか、サッチは呆然としたまま拙くいぞう?と呟いた。

「正真正銘本物だが信じられねェならそのリーゼント…お前ェ何でリーゼントじゃねェんだ?」

サッチのアイデンティティとも言えるリーゼントを、いつものように折ってやろうか?と言おうとしたところで感じた違和感。
首を傾げて尋ねると、硬直したままだったサッチはブワッと一気に泣き出して。

「それはお前が…お前が、死んじまって…っイゾウうう…っ!!!」

戦闘の時にも劣らないスピードで空いていた距離を埋め、イゾウの背中に太い腕が回る。

「おっと…サッチ、俺に野郎に抱きつかれて喜ぶ趣味はねェぞ?」

そう言って苦笑したイゾウは、胸の中だけで家族に愛されるのは嬉しいけどねェと続ける。
とんとん、と宥めるように背中を軽く叩くと、張り詰めた糸が切れたように倒れて寝ている彼をなぞるようにサッチもまた泣き出して。

「イゾウ、イゾウごめん…!ごめんな、おれ、おれぇ…っ!!」

そしてまた同じようにごめん、ごめんと繰り返す。深い悔恨を、悲哀を滲ませる声でひたすらに謝罪して、イゾウはそれをどこか嬉しく思う。けれどやはり、愛しい家族には泣いて欲しくないとも思う。

奥に嬉々としたものを潜めた、しかし困ったようなため息を、イゾウは零した。

「ハァ…。サッチ、泣くな。俺ァ後悔してねェから。お前ェのせいじゃねェよ。お前さんはなァんも悪くねェ」

とんとん、と一定のリズムを刻む手は止めずに、イゾウは柔らかく言葉を紡ぐ。

「ちがっ、っく、うんだよ…っ!おれ、1回起きたんだ…!お前と、ティーチが甲板にいるっつぅから、おれ、安心しちまって、っ、く、寝てて、お前が死んだ時に、おれ、おれは馬鹿みてぇに寝てた…!!!イゾウ、本当に、ッ、すまねぇ…っ」

あぁ、コイツも、俺と同じように家族を信じて、それでしばらく経って冷静になって気付いたんだ。俺と、全く同じように。

ーーさすが家族だ、とイゾウは内心楽しそうに笑った。

アイツらなら分かってくれると思った。けど、何も知らなけりゃ無理に決まってる。

俺の詰めの甘さはやはり、コイツに自責させてしまっていた。
俺がもっと上手くやれていれば、と、あの空間で思った事と同じ事を思う。しかしそれは、前者より深く、強い。

「サッチ…お前ェは悪くねェよ。だからそう泣くな。大丈夫だから」

俺の詰めが甘かったのが悪いんだよ、と続けようとしたが、サッチはかき消すように大声で叫ぶ。

「大丈夫なわけあるかバカ!!」

それからまたボロボロ泣きじゃくるもんだから、俺はコイツもハルタも好きなんだよ。俺を大事に想ってくれてありがとうねェ。俺のせいで泣かせてごめんな。

さすがにそれは口には出せなかったから、そっと苦笑して。

「あーもういい歳こいたおっさんがそんなに泣くんじゃないよ」

「イゾウぅ……っ!!」

――ハルタも、サッチも、俺のために泣いてくれて、ありがとうな。

「はいはいよしよし。ったく、しょうがない奴らだねェ」

――そして、誰より愛しい家族だ。


ひっくひっくと年甲斐もなくしゃくりあげるサッチの背中をあやすようにぽんぽんと叩いた。


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