短編

□イゾウ成り代わり
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数分も経たない内に俺に縋り付いて泣いてた小さい体が崩れ落ちて、寸でのところで支えて抱え上げたが、随分肝を冷やした。

ハルタの目の下にははっきり見て取れるぐらい濃い隈があって、健康そうに丸みを帯びていた頬だって痩けちまってる。

寝れてなかったんだろう。食事もままならなかったんだろう。その上泣きじゃくったもんだから、一気に疲れが来たのかねェ。
多少埃っぽいのは否めねェが、仕方ないか、とハルタを優しくベッドに横たえた。


改めてまじまじハルタを見てみれば、やはり随分ひでェもんだった。

けど、その原因は、俺だ。埃っぽい俺の部屋に俺の匂いが着くぐらい長くいて、俺のこと気にして泣いて、急に現れた俺に形振り構わず縋りつくコイツの姿見てりゃァ嫌でも分かる。

アイツが寝れなくなるほど、食べれなくなるほど、こんなにも憔悴してしまうほど、俺を見て泣きじゃくるほど、俺が想ってもらえてるなんて思わなかった。


俺は、ある意味では異端者で、コイツらに家族と呼ばれるのが嬉しくて、本当に嬉しくて、――だけど、その言葉を心から信じられなかった。

俺が場所を奪ったその人に向けられた言葉を俺が横取りしてるようで、コイツらはおれに視線を向けてるはずなのにそれは他の誰かに向けられてるように感じて、痛かった。

なのに、ハルタは俺が死んで泣くもんだから、俺を助けられなかったと、信じられなかったと泣くもんだから、俺はちゃんと見られてたんだと思えてきて嬉しくてたまらなくなった。

大事な兄弟のひでェ姿に、俺は後悔と悲哀を覚えた。…そして、喜んだ。

俺は愛されてたんだと思って、喜んだ。

兄弟が痩せこけて隈作って泣いてんの見て喜ぶなんて酷い兄弟だろうねェ。けど、嬉しいんだ。はっきり俺に向けられた好意が、想いが、嬉しくてたまらない。
最低な家族だと罵られるだろうが、俺はどうしてもそれを嬉しいと思わずにはいられないんだ。


俺はコイツらが好きで、愛していて、何事にも何者にも代えられない大事な存在で、自分と引き換えにしようが死んでなお苦しもうが、コイツらを死なせたくねェし、幸せになって欲しい。

――だからこそ、想われないのは辛かった。俺に向けられているようで向けられてないその想いは、目の前にあると綺麗でうつくしくて愛おしくて、――ひどく羨ましかった。自分にも向けて欲しかった。愛しい家族に、俺だって想われたかった。愛されたかった。
どこまでも一方通行な気がして、いつだって寂しくて、独りきりな気がして苦しかった。


口に出したことは勿論、一度たりともない。けれど、それらは確かに辛かった。痛かった。


――だからこそ、今はっきり俺に向けられたように見える想いが、今まで共に生きた俺を見てやってねェと思ってくれて、俺が死んで悲しんでくれたことが嬉しくて愛おしい。――ほかの奴らは、悲しんでくれたのだろうか。


いつの間にか揺れは治まっていて、ハルタが落ちないように押さえていた手でハルタの頬と目尻に残る涙を拭った。


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