短編

□イゾウ成り代わり
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酷い嵐だった。

この広いグランドラインで、今まで長い間航海してきた中でも、見たことがない規模の嵐。

モビーの優秀な航海士が目前に迫るまで予測も観測も出来なかった、何が起こっても不思議ではないグランドラインの中でもこの上なく酷いものだった。


強烈な嵐に、隊長達は勿論のこと、平隊員までもが奔走していた。

怪我人の治療に慌ただしい医務室。対照的に誰1人残らない数多の部屋。


その中の一室。片付けられずに残されているイゾウの部屋では、ハルタが一人佇んでいた。


未だイゾウの死から立ち直れずにいる彼は医務室を出て一日中イゾウの部屋でぼーっとしているのが常で、そんなハルタをサッチ含め隊長達、ナースも白ひげも心配してよく様子を見に行ったりと気にかけていたが、ハルタからはろくに反応が返されることはなく。


そして、この嵐。平隊員に考える余裕があるはずもなく、隊長格でさえこの嵐に奔走している最中に、ハルタを気にして見に行く余裕のある者など一人もいない。

言葉悪く表現すれば、ハルタのことは頭に全くなかったのだ。全員の頭は目の前の激烈な嵐への対処や隊長からの命令その他で埋まっていて、どの家族にも余裕など存在しなかった。


ハルタは、一人だった。嵐の揺れに逆らうことなく体を揺らした。転がろうが気にしなかった。痛みさえ麻痺していた。彼は、もう壊れかけていた。

ふらり、と転がったままだったハルタが立ち上がる。激しい揺れに逆らわずに転がったのもあり、いつも小綺麗に整っていた王子のような服は汚れ、破れていた。
ハルタが立ち上がったのを見計らったかのように一際激しい揺れがハルタの足元を掬い、床から離れた小さい体はイゾウのベッドの上に一度跳ねて着地した。


ぶわり、と舞い上がる埃に混じって、イゾウの匂いがした。柔らかいような、気高いような、イゾウの匂い。ハルタの好きな匂い。
感じたそれに、ハルタの目から、また涙が零れた。


飽くことも尽きることもなく零れる涙は、イゾウの布団を濡らす。声はもう出なかった。泣きわめいて、泣き叫んで、それでも尽きない涙とは反対に、声は出なくなっていた。
声を出さずに泣くハルタを心配そうに見つめていた家族はここにはいなかった。


いぞう、と、ハルタの掠れた声が呼んだ。


――先ほどとは比べものにならない、今までにない揺れがモビーを襲う。甲板では、誰か落ちたぞ!と叫ぶ声。

イゾウの部屋では、またハルタが揺れに体を取られ、体を浮かされていた。
ベッドの上から飛ばされたハルタはそのままだと、壁か、床か――どこかに強か体を打ち付けるというのに身構える様子もなく飛ばされるまま。


宙に浮くその体の、その瞳から、また一筋涙が落ちた。





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