短編

□イゾウ成り代わり
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サッチの言った言葉が、理解出来ない。――否、理解、したくない。

理解を拒む頭とは裏腹に、頬に零れる熱。


その熱が何かも分からないまま、ただ馬鹿みたいに突っ立っていて。


嘘だろ。

誰かが呟いた声は、誰のものだったか。もしかしたら、おれのものだったのかもしれない。

だけど、分からない。分からないんだ。


おれ達は、何も知らず、何も知らないのに、アイツに、いつも優しいアイツに、何をした?
いつだって純粋に家族を――俺達を想うアイツに、何を返した?


―――頬を伝う熱が、増える。ぼろぼろと熱が零れる。目が熱い。喉が焼ける。

周りを見ると、全員の瞳から零れていた涙。

それを見て、自分の頬に、目に、喉に感じるこの熱は"涙"だと気付いた。

――ならば俺は、一体誰の為に泣いているんだろう。


* * *

「ぃ、ぞう、じゃ、な…い」

普段からは考えられない、絞り出すような声。

「てぃ、ーち」

歪んだ顔に浮かぶのは、絶望か、後悔か、それとも憎悪か。

「あの時、おれが、助けていれば」

強く握り締められた拳から滴り落ちる紅。

「あの時、おれが、止めたからだ…!」

目元を覆い隠した手の隙間から溢れる雫。

「お前達が取り乱してるからこそ、おれが、おれ達が、冷静でいるべきだった…!」

いくら後悔しても、"だった"は"しよう"にはならない。――もう、戻らない。


「ハルタ、ごめんな…っ。おれが起きたら、おれが起きて、ちゃんと説明してたら、イゾウは死ななかった…!」


サッチが、ぐしゃぐしゃに顔を歪めで、泣く。

声も上げずに泣き続けるハルタの涙は止まる事を知らない。


「ち、がう…僕が、庇ってたら。一番、仲良しな、僕が。イゾウを、信じられてたら、みんなから、責められるのが、怖かった…。僕は、逃げた。逃げたんだ。自分の身可愛さに、逃げた…っ!だから、だからイゾウは死んじゃったんだ!!僕の…ッ、僕のせいで!!」


血を吐くような、絶叫。涙混じりの、悲痛な叫び。


彼ではないと、そう思っていたのに。分かっていたのに。
今なら間違いなく、迷いなく、そう思える。何を捨ててでも、イゾウの前に立ってみせる。
なのに、あの時、自分は、何をした――?

(――僕は、逃げたんだ…ッ!!)

怖かった。イゾウを、犯人だと責める家族が。
そのイゾウを庇ったせいで、自分も責められるのが。
家族が大事で、――大事だからこそ、怖くて仕方なかった。

僕は、イゾウを――――。


* * * *

いつも冷静なマルコが、イゾウがサッチを刺したと激昴していた。
古株のティーチが、イゾウが犯人だと言っていた。

ただ、それだけ。

イゾウの話など、誰も聞いていなかった。

違和感は覚えたのだ。あのイゾウが、本当にそんなことをするのか、と。

宴の度に、騒ぐ家族達を眩しそうに見ていた彼が、家族を害したのか、と。


けれど、おれは、おれ達は、考えたくもなかったんだ。

家族殺し。白ひげ海賊団唯一の掟を破ったのが誰か、なんて考えたくなかった。
全員が大事な家族で、大事な家族だからこそ、考えたくなかったんだ。


だから、判断を、委ねた。

いつものように、マルコの判断に任せたのだ。

何だかんだ言いながらもマルコとサッチは誰よりも絆が強い。
そんなサッチを刺され、マルコが冷静でいられるはずもなかった。

感情のままに激昴していたマルコに判断を押し付け、自分たちは逃げていたんじゃないか。


その時の自分達の思考に思い至った瞬間、吐き気がした。

なんて醜い。最低な考えだろう。


おれ達は、自分で考えることさえ放棄して、逃げた。

おれ達は、イゾウを―――。



(((見捨てたんだ)))


(恐怖して、逃げた)
((押し付けて、逃げた))

(((そしてイゾウは、死んだんだ)))



* * * * *

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