短編

□イゾウ成り代わり
4ページ/20ページ




それから1日。


ハルタは一日中イゾウの部屋から動かず、ぼんやりとイゾウの名を呼び続けていた。
はらりはらりと涙は途切れることなく流れ続け、ハルタがイゾウを呼ぶ声も途切れることはない。

睡眠も、食事も、水分さえ摂らず、ただぼんやりと、イゾウの名前を呼び続けた。


医務室では、サッチが傷による熱で魘され、時折ティーチやイゾウの名前を呟く。
そして船内全て――その時いなかった船員や医務室にも、昨日の事件の"話"が広まっていた。

"イゾウが悪魔の実欲しさにサッチを刺し、ティーチを殺し、だが逃げられないと踏んだのか自身も海に飛び込み死んだ"

という"話"が。


マルコとエースは一日中イライラしていたし、ナミュールは一人、後悔に顔を歪ませていた。

それ以外にも、"裏切り者"への行き場のない怒り、喪った哀しみ、また料理番であるサッチを長とする四番隊の働きも悪く、船全体の雰囲気が重かった。


そしてまた日は変わり、事件から二日後。

サッチが回復するのを待とうと思っていたのだが、夏島の気候のせいでティーチの亡骸がもたないと判断して葬式を執り行った。


そして、その次の日。事件から三日後だった。

ハルタが、重度の脱水症状とそれよりは多少軽いがそれでも重い栄養失調、精神的なショックによりとうとう倒れ、医務室に運び込まれた。

バタバタと点滴が繋がれていくハルタの横でサッチが目を覚まし、痛みに声を堪えながら起き上がる。


「サッチ隊長、貴方もまだ寝ていてください!絶対安静です!」


目敏く見つけたナースが声をかけてくるのも無視して、隣に寝かされたハルタをじっと見つめる。


こけた頬にくっきり残る涙の跡と真っ青な顔色。


それに、疑問を覚えた。


「ハルタ…?」


恐る恐るかけた声に、ハルタがゆっくりと瞼を開く。


「――サッチ…イゾウがね、いなくなっちゃった」


口を開くと同時に言われたその言葉に、一瞬思考が止まった。


「…は?おいハルタそれどういう事だ!?」


「ティーチが、刺したって。イゾウがサッチを刺したって――ッ違う!イゾウじゃない!!なんで僕は何も言えなかったの?僕が、僕のせいでイゾウはいなくなっちゃった。僕何も言えなくて庇えなくて守れなかったのになんでよイゾウ!!ティーチの首をはねて、イゾウが海の中に沈んでって、僕助けたくて飛び込んでなのにイゾウは真っ暗で闇に包まれてて僕を拒んでたんだ!!なのになんで助けたのさイゾウ嫌だいかないでイゾウ置いてかないでよ…っ!」


不安定に叫び、泣くハルタに向けられる船医やナース達の視線。

支離滅裂なハルタの言葉の中からすくい上げた事実、ハルタに向けられる冷たい視線からそれに確信を持った。


「ッは…」


自分の愚かさに吐き気がした。

マルコ達ならすぐに真相がわかるだろうという根拠のない考え。当事者である自分が分からなかったというのに何故他人が分かるものか。

イゾウが死んだ時、おれはティーチの処罰が決まってるものだと思い込んで寝ていた。イゾウが、おれの命を救った家族が、罪を裏切り者に擦り付けられて死を選んだその時に、おれは呑気に寝ていたんだ。

怪我が何の言い訳になることだろう。おれは自らの意思で、勝手に安心して眠ったんだ。

おれが起きて、状況を説明さえしていれば、結末は変わったのに。
ハルタがこんなにも憔悴することもなかったのに。

――イゾウが死ぬことも、なかったのに。


「ハルタ…ハルタ、すまねぇ…っ!!おれが、おれのせいでイゾウは死んだんだ…ッ!!」


自分より随分小さな体を思わず抱きしめた。ハルタの体は、以前にも増して小さく細くなってしまっていて、申し訳なくて情けなくて辛くて悔しくて自分が殺したいほど憎くてたまらなかった。


何か言ってる船医とナースの言葉を無視して、サッチが口を開く。


――隊長達を、全員ここに集めてくれ。


その言葉、そして彼が纏う痛みを覚えるほど強い雰囲気に、医務室にいた者が全員部屋を出て隊長を探しに行くのはすぐのことだった。



*****
帰り道「main
次→「5
*****

次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ