短編
□イゾウ成り代わり
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重い音を立てて倒れた、頭の無いティーチの体から瞬く間に血が流れ出し、甲板を赤く染める。
新人の船員が目の前の光景に耐え切れず、嘔吐した音と臭い。
オヤジの体に当たって弾む、さっきまで話していたティーチの頭。
イゾウの行動にこの上ないほどの殺意と憤りを見せたのは、マルコとエースの二人。
唇を強く噛んでいるハルタと、何を考えているのかわからない、無言のままの白ひげ。
無表情なままのイゾウが甲板の手すりに飛び乗る。
脱出の手筈はとうに整えられていて、このまま逃げようとしているのか、と、白ひげの熟練の船員達が身構えた。
しかし、イゾウは、ふわりとそのまま海へ倒れて行く。――悪魔の実を、食べたにも関わらず。
「――イゾウ!!!」
叫んで、イゾウの後を追おうとするハルタを押さえ込んだのは、殺気立ったままのエース。
「ハルタ、テメェ何するつもりだ!!」
「嫌だ、離せ!!エース離せ!!!イゾウ、イゾウ…ッ!!!
――ナミュ、ナミュール、イゾウを助けて!!イゾウ!!」
半狂乱のハルタを見て、思わず動こうとしたナミュールを止めたのはビスタ。
「この暗さでは…お前も危ないぞ」
ナミュールが動きを止めたのを見て、ハルタがさらに暴れる。
ジョズもハルタを抑えようと動き出したところで、エースの拘束から抜け出たハルタが海に飛び込んで行く。
「ッナミュール!ハルタを助けに行けよい!!」
慌てて声をあげたマルコの声に、今度こそ動いたナミュールだが、次の瞬間また動きを止める。
「イゾウ、なんで…っ!!」
ぐしゃぐしゃと顔を歪めたハルタが、闇に包まれてモビーの上に降ろされる。
ハッと戦闘態勢に切り替わる船員達の中、それは一瞬にして消えた。
「ぁ、あ…うそ、いぞう…イゾウ、嘘でしょ?嘘だよね、ねぇ!!イゾウ、嫌だよ戻って来て!!お願いだから…!!」
闇があった部分に必死にハルタが手を伸ばしても、空をつかむだけ。
「嫌だ、イゾウ…っ!」
痛々しく泣き喚くハルタを止めたのは、マルコ。
「ハルタ。イゾウはサッチを刺して、ティーチを殺した奴だよい」
「――…本当に?本当にイゾウなの?ねぇマルコ、本当に?なんで僕はさっき言えなかったの?さっき言えてたらイゾウは死ななかった。僕のせいでイゾウが死んだんだ!僕イゾウに触れもしなかった。イゾウは闇に包まれてて、闇が全部拒んでた。黒くなって死んじゃったんだ。助けられなかった。殺しちゃった。大事な家族を、僕が、殺した。
イゾウじゃない。イゾウはそんなことしない。本当にイゾウなの?ねぇマルコなんでイゾウだってわかるの?本当はティーチなんじゃないの?
―――ねぇイゾウ、イゾウはどこ?イゾウ、どこ?イゾウ、イゾウ…」
狂ったようにイゾウの名を繰り返すハルタの言った言葉に、ナミュールが固まった。
(――誰も、イゾウの話を、聞いてない)
そして白ひげは未だ、何も言わなかった。――否、言えなかったのだ。
事実を知らぬまま、サッチが刺された事を、イゾウが犯人だと言うことを聞かされ、そしてそれを言ったのはティーチ。
その中のどこかの要素が息子でなければ話は別だっただろう。だが、全員が大事な家族だった為に、偉大な彼でさえも、その時に正常な判断力などなかった。
ムードメーカーであり、分かりにくいだけでいつだって冷静な判断をしてくれていたサッチが刺された衝撃と、立て続けにもたらされた犯人はイゾウであるという言葉。そして、古株のティーチの首をはねたイゾウ。
その時は誰一人――長く生き、戦い、皆の父として敬われてきた白ひげでさえ、冷静な判断など出来はしなかったのだ。
(衝撃と驚愕と困惑と恐怖と)
(そんなもの何の言い訳になるだろう)
―――場所は変わり、医務室。
苦悶の声をあげながら、体を起こしたサッチに、船医とナース達が駆け寄る。
「サッチ!馬鹿、まだ起きんじゃねぇ!!」
荒い口調で嗜める船医の言葉を無視して、サッチは誰にともなく尋ねる。
「ティーチは……イゾウは…?」
「二人も皆さんも、恐らく甲板に」
ナース長の答えにサッチはほっと息をつき、安らかな眠りへと意識を投じた。
ティーチを逃がさないですんだのだと、イゾウも無事だったのだと、――そう、信じて疑わずに。
目が覚めたら、イゾウにいい酒を買ってこれでもかってほど礼をしよう、なんて悠長な事を考えて。
彼は一人、眠りについた。
(裏切り者は死に、恩人であるその人もまた、死んでいるとも知らずに)
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帰り道「main」
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