短編

□イゾウ成り代わり
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甲板には、モビーにいる家族の少なくとも半分以上が集まっていた。


密集した家族達の中、いつの間にか俺を縛る縄の先を持つのはマルコに代わっていた。


全身に感じる、疑いの視線。困惑した視線。――憤りを宿した瞳。そして、憎しみ。


最前列には、俺とサッチを除いた14の隊長、そしてティーチ。


中でも、ティーチの目には嘲りが、ハルタの目にはどこか哀しみが宿っているように見えた。


長男役なマルコが冷静さを欠き、憎しみを宿している現状。

仲がいいと思っていたハルタさえ、俺を庇うことはなかった。


(――俺は、お前らに信じられてなかったんだなァ……)


心の中で、自嘲した。

けれどその時はまだ、オヤジなら、なんて馬鹿な希望を持っていた。



少し経ち、重そうな足音を立てて船内から出てきたオヤジ。


オヤジは、マルコが話している間も、ティーチが話している間も、何も―――何も言わなかった。


マルコが話していく内に、ティーチが言葉を継ぎ足す度に。

俺への憎しみの視線が増える。


16番隊の奴らも、俺に憎しみを向けていた。

オヤジは、目を瞑り、何も言わなかった。

隊長達は、少しの困惑を宿しながらも、やはりその瞳に色濃く映るのは憎しみで。

ハルタさえ、哀しそうに目を伏せるだけだった。


(――俺は、なんて馬鹿だったんだ――)


信じてもらえていると勝手に思い込んでいて、現実は俺の話なんて尋ねてさえもらえなかった。

ティーチの話を無条件に信じ、俺の話なんざ聞いてもくれなかった。


「あァ…そうかい…」


呟いた声に反応して、向けられる目。

俺がいつ、家族にこんな目を向けられる事をしたって言うんだい?


胸が痛かった。目が熱かった。自分が馬鹿らしくて仕方なかった。


「そうかい…そうだったんだねェ…」


もう、何もかもどうでもよくなった。




**
――いつか、酔った勢いもあって、ハルタと家族について話した覚えがある。


「ねぇ、イゾウ!僕達に会えて、良かった?」

そのハルタの問いに、俺が言った言葉。


「家族がいないこの世界なんて、生きる意味がねェよ。お前ェらに会えて、よかった」

**


家族に信じてもらえないこの世界に、生きる価値はない。

こんな目に合っても俺の中心は家族で、救いようもなく馬鹿な自分に思わず乾いた笑いが零れた。


「ふ、はっ!は、ッはははははっ!」


その笑い声に、ビリビリと無数の殺気。


顔を両腕で覆い隠し、空虚に笑い続けるイゾウに近付く者は一人としていない。


10秒ほど経って、だらん、と両腕を下ろしたイゾウの顔には、何の表情も浮かんでいなかった。

* * * * * *


――一瞬。

本当に、ほんの一瞬。
瞬きの間すらない、一瞬とも言えないほどの瞬間だった。


闇でティーチを引き寄せ、懐から取り出した短剣で、纏った闇で、イゾウが、ティーチの首をはねる。

そして、その首を掴み、オヤジに投げ付けた。


重い音を立てて倒れる、首を無くしたティーチの体。


その音が響くまで、誰一人としてその場を動くことは出来ていなかった。


(あぁ、汚ェ)


無表情に、数秒前までティーチだった"物体"を見下ろす。
垂れ流される血が、異様なまでに穢らわしく思えた。


それを避けるように、デッキの手すりの上に飛び乗る。


「ティーチ!!!」

「イゾウ、テメェ…!!」

「お前ェ…サッチの実を食ったな!?」


後ろから聞こえる海の音と、目の前に広がる光景。



悲しみ、憎しみ、憤り、恨み、様々な感情を浮かべた家族の顔を見渡す。

憎いと思われていようと、イゾウの家族を大事だと思う気持ちは変わらなかった。

それを、馬鹿らしいと思った。

この一時間程で、どれだけ自分を馬鹿だと思ったことか。

(信じてもらえなかったのに、俺は家族を諦められなかった。エースにもオヤジにも、幸せになって欲しかった。
サッチにだって、生きていて欲しかった)


サッチは、どうなったんだろう。生きていてくれたらいい。

元凶は殺したから、エースがモビーを飛び出すことも、エースが捕まることもない。

頂上戦争だって、起こらないだろう。


(そう考えれば、俺は、頑張れたのかね…)


家族のいない世界に、生きる意味などない。


いつか言ったその言葉を証明するかのように、イゾウはそのまま後ろに――海の中に、消えた。




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