夢小説・V

□指先の桜。
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ためらう指先。
桜の花びらはひらひらと風に乗って。




― 指先の桜 ―




桜の名所とは、どの町にもどこかにあって
今日はようやく君と二人で来られたというのに

―――どうしてこうも無言が続くのだろう・・・。

先程から一言も会話がなく
オレは柄にもなく少しだけ焦っていた。

何かきっかけが欲しい。
せっかく二人きりなのに。

平日の昼間だというのに
桜の見物客はオレと君だけだった。

その状況がより一層焦りを募らせる要因になってしまう。

君との距離を
少しでも近づけたいのに。

先を歩く君の楽しげな横顔だけが救いだった。

どこまでも続いていくのではないかと錯覚してしまう程の桜並木の下をただ歩く。

本当は。
本当はそれだけで嬉しいんだ。

君と二人で
淡い時間を過ごせるだけで。

それだけでいいはずなのに・・・

―――あ、花びらが・・・。

ふと、君の髪についた花びらが目に留まった。

とっさに伸ばした腕は、中途半端に上げただけで途方に暮れる事となる。

―――触れても、いいのだろうか。

君の髪に。

「花びら、ついてたよ」なんて言って、自然と笑えるだろうか。

ためらう指先なんか知らぬ顔で舞う桜は君の横顔と似ている。

この並木道で一番大きな桜の下、君は立ち止まって振り返った。

風も無いのにひらひらと舞う花びらの中で君はそっと手を伸ばす。

そのままオレの髪に触れ、にこりと笑った。

「花びら、ついてるよ」

時が止まったように、オレは動けなかった。

笑顔の君に降る桜も、
君の事で頭がいっぱいのオレに降る桜も、
同じはずなのに違う気がして。

笑顔のまま、君はまた歩き出す。

数歩先行く君の背中が、
この花に消されてしまわないように願いながら
オレも後に続いた。

不確かな足取りで、薄紅の中を歩いた。

前へ、前へ。
君の背中を追って。




オレの事なんか好きにならなくていい。

だけど

オレが君を好きでいる事を許してほしい。



―――この指が、君に触れられなくても・・・






・おわり・



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