世界樹冒険録X
□吸血鬼と天使
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これでは足は思うように動かせそうにない。
もう一度コウモリに化けるか?それとも霧にでもなって逃げるという手もある。
しかし目の前にいるのは本物の天使。
…何か、天使の大技とか持っていそうだ。下手にやれば化けた姿のままで消されてしまうかもしれない。
──嗚呼もう、本当に、こういう時はこの吸血鬼という体が恨めしい。
人間よりは死ににくい。
けれど(多少の個人差があれど)弱点が人間より多い。
それが嫌だから、人間に戻れる方法を探していたというのに。その為に冒険者の道を選んだだけなのに──
自然と槍を持つ手に力が入る。
それでも、どうも自分は負けず嫌いらしい。何も出来ないまま引き下がるつもりはない、と。
込み上げてくる恐怖心を抑え、相手の目を睨みつける。
「…へぇ、まだやり合うんだ?」
エトワールが意外だ、という言うように微笑む。
「ええ、せめて一発くらい傷でも残してやろうと思いまして、ねッ!!」
今の今まで構えていた槍をエトワールに向かって投げつける。
エトワールはそれを難なく躱す。…そう、それが狙いだ!
腰に下げていた剣を抜き、躱して体勢が崩れていた所に剣を突き出す。
「!」
咄嗟に躱されるが、完全には躱しきれずに彼の右腕を切り付けることに成功した。
それを見てようやくエトワールの表情が歪んだ。
「…どうやら、その言葉に嘘はないみたいだね…!!」
今度はエトワールの方から飛び掛かってくる。それを剣で受け止めようとして──
キンッと甲高い金属音。
でもそれは僕の剣とエトワールの巫剣がぶつかり合った音ではなく……
「シノ…!?」
間に突然入ってきたシノと呼ばれた緑の髪の青年の刀と剣が、僕とエトワールの武器を受け止めていた。
緑の長い髪と頭の上に生えた狼のような獣耳がピクンと揺れ、エトワールと僕を見た。
何処となく翳りのある琥珀色の瞳が、こちらをジッと見ている。
「エト、お前が不浄の者が許せないのはわかる。でも、彼は本当に冒険者になりたくて【エスポワール】に入ったと聞いたんだ。」
それは、嘘ではないだろう?とシノが言葉を投げる。
「…はい。嘘ではないです。本当に、この体の改善がしたくて、もしかしたらという希望をかけて冒険者を志望した。これには嘘はない。僕は、本気です」
「だそうだ。…なあ、エト。ノクスはこう言ってる。彼の理由を聞かずに、一方的に消そうとする。…これは“差別”じゃないか?不浄の者だから、ただそれだけの理由でお前はノクスを消そうとしている。…理由を聞いても、まだ消そうとするのか?」
ギリ…とエトワールの方を押さえている武器が音を立てる。
シノはというと、エトワールの方に顔を向けていて、どんな表情をしているのかがわからない。だが、あまりいい表情はしてないのだろう、エトワールの表情がだんだん引きつっていく。
「……わかったよ。」
そんなシノに気圧されたのか、エトワールは巫剣を下げた。それを見て僕も剣を鞘に収める。同じようにシノも武器を収めた。