合同合宿
□嗚呼、麗しの君は何処へ
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「なんで名前が音駒のマネも兼ねるんだよ」
練習前、他校のマネと忙しなく走り回る名前を見つけ、嫌がられるのを承知で呼び止める。
『だって音駒はマネいないっていうし、仕方ないでしょ』
あたしだってさっき頼まれたんだし、と予想通りちょっとご機嫌ななめなうちのマネさん。
「いやいや、だからってなんでマネ一人のうちが兼任しなきゃいけないわけ?」
烏野も梟谷も二人ずついるのにおかしいだろ。俺、間違ったこと言ってるか?
と、そこに…
「苗字さんーこれうちのスクイズボトルなんだけど」
……この音駒の主将・黒尾鉄朗はさっき挨拶した時から俺の中で警鐘が止まない。
『はーい。ドリンクできたら持ってきますね』
「急がなくて大丈夫だよ、まだ練習まで時間あるし」
青城さんを優先してくれればいいから、とこっちをチラ見しながら笑ってみせる。
こいつさっき俺が言ってたこと絶対聞いてやがった。
笑顔が胡散臭ぇんだよ、この野郎。
「こいつ"一人で"、"2校分"世話しないといけないんであまりコキ使わないでやってくださいね」
ポンポンと名前の頭を撫でながら牽制。
「いやー苗字さん何でも嫌がらずやってくれるから本当ありがたいですよ。いつも青城でコキ使われてるから慣れてるのかな?」
ニコニコニコニコ。
お互い作り笑いをして離れる。
『もう、花巻くん感じ悪いよ?2校っていってもいつもより面倒見る人数少ないし大丈夫だよ』
な・ん・で俺が怒られる?
「花巻なにしてんの」
『あ、松川くんいいところに。花巻くん連れてって?』
ペールグリーンのTシャツが遠ざかっていく。
「……失敗したんか?」
「……及川が言うよりはイイと思ったんだけどなー…」
「…ま、練習するべ」
次なんかあったら俺行くわ、と言った松川の背中はいつもよりデカく見えた。
「苗字先輩っ!ドリンクありがとうございますっ!」
「タオルもこんなに綺麗に畳んでくれて!」
赤ジャージに囲まれて最早見えない名前の声をなんとか聞こうと耳をすます。
「……ちょっとー、うちのマネ完全にとられてんだけどー」
「ちゃんとうちの分は用意してあんだろが。何が不満なんだよ」
岩泉、お前全然わかってねぇよ。
いつもはうるさいだけの及川だが、今だけは同じ気持ちだろう。
「よし……行け、金田一」
我が部の頭脳、松川が指示する。
名前は後輩4人に弱いから、その中でも可愛がってる金田一が呼べば簡単に戻ってくるだろうという考えだ。
「あ、あの…苗字先輩っ!」
『金田一くん、どうしたの?』
「ドリンク…飲みきってしまって、作ってもらえないかと…」
やっと名前の顔が拝める。
と、思いきや…
『あれ?もしかして研磨くんももうドリンク無い?』
「……喉、渇いてたから…」
「悪いねー苗字さん、研磨よく飲むんだわ」
『大丈夫、すぐ作るね。他の人もボトルくださーい。金田一くん、うちの取ってきてくれる?』
「え、あ…はい……」
作戦失敗してこちらに戻ってくる金田一の向こうで、音駒の主将は今度は青城サイドに向かってドヤ顔をして見せた。
「……音駒、絶対倒すぞ」
「「「おう」」」
俺一人で抱えてた怒りがこれで全員に行き渡った。