彼の罪、歩みは光の下

□偽果
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しかし彼女の腰の曲がり方はこれほどだったか、こんなに小さな体だったかとサラームは言い表せない寂しさを感じた。

「あの緑の目をした子は元気?」
「元気だよ。今は僕より大きく育っちゃった」
「ほんとに〜、懐かしいね〜」

子どもの頃は何も持っていなかった。
それで良かった。純粋に興味あるものだけを追いかけるのが許された。
それが今は互いに抱えるものがあり自由な身動きなどほとんどない。
自分が手を引いていた小さなハイサムはいつの間にか去り、遠くの存在になっていた。
そして彼の手にはサナがいる。

「ばあちゃん、ちょっと頼まれてくれる?」
「はいはい、なんだい?」
「これ。緑の目の子が来たら渡してやって」

サラームは先ほど調合した小袋を取り出すと老婆に渡した。少し多めの金も一緒に。
ハイサムとの数少ない温かな思い出は久しぶりに心地好い気分を味わわせてくれた。
ならば、これもまた運命なのだろう。

「なぁんだい?これ」
「彼の好物なんだ。特製のナツメヤシだよ」

うんうん、と頷く老婆が自分との約束を覚えていられるか。そしてハイサムがこの店を訪れるか。全ては何の保証もない、確信もない。
サラームは再び人で溢れる通りへと戻る。
思わぬところで時間を食ってしまった。その歩調は次第に早まっていく。
通りの途中細い小道に入り薄暗い路地を黙々と歩く。
この町の大通りは明るい活気に溢れているが一歩脇道に入ると暗鬱とした路地が多い。自然と危うげな人間が集う場所も出来る。

そういう界隈に対する心得を身につけたのは、いつからだったろう。

サラームは粗末なあばら家の前で足を止めた。扉の隙間からくたびれたアカシアの花が顔を覗かせている。
"来ている"目印だった。
扉を押して中に入ると室内は外観と違い清潔に片付けられている。寂しいくらいに簡素ではあるが。

「サラーム」

男の声が低く響く。
彼は台所から姿を見せた。手にはカップを二つ持っていて、テーブルの上へそれらが置かれると温かな湯気が立ち昇った。
部屋の中に芳醇な紅茶の香りが満ちる。いつも違う茶葉をふるまってくれるが、それは単純にこの男の趣味嗜好なのだろうとサラームは思う。

「少し遅かったね」
「すみません。途中で知り合いと立ち話をしてました」
「そうか。座りなさい」

椅子を勧められてサラームは座ろうとした瞬間、後ろから肩を押された。反射的にテーブルへ両手をつくと男が後ろから抱き締めてきた。
サラームの装束を乱暴に剥ぎ取る。

「逢いたかったよ…サラーム」

耳朶に口付け囁かれて、サラームはその感触に肌が粟立った。しかし同時にもう何度も受け入れている男の唇、吐息、熱を期待させる。
顎を持たれ強引な口付けに応える。
無理な体勢で捻っている体が苦しいが舌を差し出して彼が思うままに蹂躙させる。

「…浮気はしていないね。イイコだ」
「ン……んっ…先に、薬…を……」
「後だ」
「…でも…」
「欲しいのはこっちだろう?」

男の手がサラームの下肢へ伸びる。中心の雄を痛いぐらいに握られてサラームは肩を震わせた。
しかし反応は萎えるどころか、熱く期待に変わる。

「君はとても可愛い、サラーム」
「…痛っ…ぃ…止めて…」
「これが私の愛だ。知ってるだろう」
「…ヤ、…ヤメ……」

男はサラームの後ろをまさぐると何の潤いもないままにそこへ指を突き入れた。唐突な挿入にサラームの顔は苦痛で歪むが、お構い無しにその内部を弄ぶ。
彼は既にサラームの"敏感な場所"を知っていた。

「…ぅ……んっ…あ、…あぁ…」
「自分で前も弄ってごらん」

言われるままに下肢へ手を伸ばす。
痛みを感じているにも関わらず固く反応しているそれを、サラームは嫌悪した。

しかし引き返せなかった。

もう引き返せないところまできていた。

「はぁ…!…あっ…あぁ…」
「サラーム、君の神は誰だ?」
「…んんっ…ふ、ぅ……ン…」
「答えなさい」

サラームは夢中で自分自身を慰めた。
罪悪感と快感の狭間で意思を保てるほどの強さは持ち合わせていない。
何もかもを手離してしまいたかった。

「アァッ…アッ…!…ッ…」
「……仕方のないコだ」

己の手淫に夢中になるサラームへ男は呆れたように呟くが、その口元はさも愉快といわんばかりに弧を描いている。
後ろを緩く攻めたてていた手を引くとサラームの肩が揺れた。そして肩越しに物欲しげな視線を送る。

自分の神へ。

「脱ぎなさい」

命じられサラームは片手でもどかしく上衣の前を開き肩から衣服を滑り落とした。その背中には鳥の鋭い爪で引っ掻いたような痕が無数に走っていた。

男の指先が優しく傷跡をなぞる。
しかしその反対の手には使い込んだ細身の鞭が握られていた。
サラームは背中の傷跡を辿る感触にぞくぞくと体を震わせる。次にやって来る刺激は既に知っていた。その熱さも、痛みも、自分の意思を裏切る悦びも。


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