彼の罪、歩みは光の下

□日々
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"アンタの髪ってほんとすごい色ね"

…嫌いだ…こんな髪。

"どうして?キレイじゃん"

見慣れない外見は悪目立ちしかしない。

"アタシは好きだなぁ"

そんな物好きシャジだけだよ。

"女の子だもん、キレイなもんが好き。宝石が一番好き。サナが王子様だったら毎日宝石で飾るよ"

王子がこんなとこいるわけないだろ。

"アハハッ!アタシね、宝石はエメラルドが一番好き"

深緑色の…

"サナの目を見てるみたいでーーー"









柔らかいものに包まれている。
地面に敷物を敷いただけの寝床に比べたら鳥の羽に抱かれているよう。

「……よく寝てる……」
「…背中は見たか?」
「見た。あれは酷いね、鞭の痕だ」

誰かが話している。
どちらも聞き覚えのない声…いや、片方はそうでもない。

「1打ちいくらだったんだろうな」
「ハイサム…そんな言い方はないよ」

ひどく尊大で力強い若者の声。
聞き覚えがある。
確かイード砂漠のオアシスで…

「あ、目が覚めた?」

眩しさに目の奥が痛む。なんとか開けても視界はぼんやりしてなかなか物の輪郭を捕らえられない。
しかも体が自分の意思に全く従わない。まるで他人の体に魂だけが乗り移ってしまったようだ。
サナはもどかしさに呻いた。
なんだか肌がひどくベタつく。

「急に動かない方がいい。丸1日眠ってたんだからね」
「……ここは…」
「サーダットの街だよ」

穏やかな声の主が答えながらサナの体を支えてくれる。初めて聞く声だが不思議と落ち着く心地だった。
しかし次第に戻ってきた視界の中に思いがけない顔を見つけて、サナの胸は激しく乱れた。

「シャジ!!?」

ジプシーのテントが野盗に襲われた。
そこら中で悲鳴が上がる炎の中、身を挺して自分を逃がしてくれた。
そして後から必ず追いかけると言って約束を破った彼女が、目の前にいた。
困ったように静かに笑っている。
その表情がサナの中のシャジとは少しずれていて、なんともいえない奇妙さを感じた。

「僕はサラーム。シャジの双子の兄だよ」
「……双子」

よく似ている。
生粋のイード人らしく浅黒い肌に鳶色の瞳、黒い髪のクセ具合まで同じだった。サラームの少し鋭いアーモンドアイがシャジという懐かしさを呼ぶ。

「…ヒッ、ク……シャジ……うぅ…」

涙が次々溢れた。止められなかった。
あの混乱の中で何もかも失ったのだと今こうしている平穏が気付かせる。
大した物を持っていたわけでなくジプシーの暮らしは貧しく酷いものだったが、それでも唯一の自分の居場所が無くなってしまった。

「起きぬけにビービー泣いてんじゃねぇよ」

苛々とした声が部屋に響く。
優しさなどカケラもない物の言い方は覚えがあった。

「守れなかった女の為に泣く権利あると思ってんのか?」
「ハイサム、止めなよ」

サナは手の甲でゴシゴシと涙を拭って顔を上げる。
サラームの後方、壁に寄りかかっている長身の男。腕を組んでこちらを睨み付けていた。彼の深緑色の瞳に記憶が甦った。

「お前…エセ商人…」
「お前に"お前"と呼ばれる筋合いはない。それに俺は歴とした商人だ」

ハンッ、と鼻で笑うとハイサムはずかずかサナへ近付いた。そしていきなり腕を伸ばすと少年の銀髪を鷲掴んだ。

「いたっ!」
「…小汚ぇな。おいサラーム、せめて商品に見える程度に磨いといてくれ」
「年少の子どもの事はアマルに権限があるんだぞ」
「俺は次期頭領だ」
「…ハイサム…もう向こうに行って」

あまりと言えばあまりな言動にサラームは眉をひそめた。この若い頭領候補がたびたび暴君と化すのは知っていたが、妙に苛ついているように見える。
サナの頭髪を無遠慮に掴む腕を押し退けた。

「疲れてるんじゃないか?もう休みなよ」

もっともらしく言ってやるとハイサムは不機嫌そのもので足音荒く部屋を出ていった。途端に静まる部屋の中、サナを見やるとシーツを掴んで俯いている。
どうやら涙は引っ込んだようだ。

「落ち着いた?体どっか痛いとこある?」

小さな子へ話しかけるように聞くと首だけを横に振る。

「シャジの事気にしてるんだね」
「オレのせいだから…」
「たぶん大丈夫だよ」
「え?」

軽い物言いに思わずサナが顔を上げた。双子の妹が死んだというのに、この兄はやたらと平静そのものだ。

「自分の妹だろ?」
「僕がピンピンしてるから大丈夫」

サナの頭の中はますます疑問でいっぱいになる。意味が全くわからない。
そんな彼の様子にサラームはにっこり明るく笑いかけた。

「双子の神秘っていうかね。そのうちわかるよ」
「しんぴ…?」

サラームには確信に近い予感があった。この世に生まれる前から一緒にいる妹。彼女がどこかを傷付けると同じ場所が痛い。自分が恋すると同じ高揚感が彼女へ伝わる。
誰にも上手く説明出来ない絆が確かに存在していた。


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