京ノ宮高等学校

□暖めたい
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「おーっす!」
「はよー」


いつもとおおむね変わらない登校風景。

変化といえば冷え込みが日々増してきてそろそろ冬の気配が強まってきたこと。
今日も一樹は同じタイミングでサワタと合流した。
あれほど退屈を感じていた朝なのに一樹にとって、いや一樹と遼平にとって毎朝の風景は少し違って見える。

「お前ら仲直りしたんだなー、良かった良かった」
「仲直り?」
「保塚と何か気マズそうだったっしょ」
「あぁ…そっか」

"仲直り"といってよいのか。新たな"関係"を結び始めました、とはさすがに言えなくて一樹は視線を空に投げる。

「そんでさ、アイツ最近やたら浮かれてんの。彼女出来たんだろ?」
「さぁ〜?」
「知ってるくせに!ほら、あん時じゃね?ビンタ子!」
「…なんつーネーミングだよ」

そしてそのビンタ子さん、実はサワタの目の前にいる一樹である。

「一樹そん時居合わせたんじゃね?どんな子か見たろ?」
「いや、知らない」
「嘘だ!あのでかいビンタ手形からして長身の……」

「おはよ」

サワタが一樹のはぐらかす返事に焦れて腕にしがみついた丁度その時、話題の張本人が現れた。

「遼平」
「保塚くん、彼女紹介してよ!」
「お前いい加減しつけぇな」

言うと遼平はサワタの頬をブニュッと掌で押して横に追いやった。そうして一樹の隣を確保する。

「ツキ、おはよ」
「はよ」

本人的には"ニコッ"と爽やかに恋人へ微笑みかけたつもりなのだが一樹の、いや周りの人間から見たら"デレッ"というぐらい溶けた笑顔だ。
少し前だったらここで一樹の肩に腕を乗せるぐらいはしていたものだが、付き合い始めて現在むしろやたらと触れ合わなくなった。

サワタは意外に侮れない。
ワーワーと騒いで何も考えていないように見えるが妙に勘が鋭い時がある。
二人の関係は一般的なものではない。やはり注目されたくないし、かといって共通の友人とはいえサワタにバラすのは何か違うし具合も良くない。

「隠すから気になるんだぞ!」
「うるせぇな。部活ん中まで広めやがって…部長も飽きれてたろが」
「だからもう保塚には聞かぬ!今日から一樹に付きまとうから」
「許さん」
「知らん」

また始まった、と一樹はこっそり溜め息をつく。どうやらサワタは彼女と別れてしまったらしい、とはサッカー部の同級生から聞いた話だ。
そういえば遼平の姉、環も彼氏とケンカしていた。結局は彼氏の方が折れて丸く収まった。
あの日一樹と遼平が夕飯の仕度をしていた丁度その時、環はデレデレの猫なで声で電話をしてきた。今日は帰らない、と。

「謝ったもん勝ちかなぁ…」

思わずポソッと呟いた一樹の独り言は、しっかり遼平とサワタの耳まで届いた。

「………なんだよ…一樹まで俺が悪いって言うか」
「え?いや違くて、独り言」
「怒ってる理由もわっかんねーのに謝れって無理じゃん!?」
「あ、別れたってマジだったんだ」
「おぉよ。言ってることあんまし意味不明だったからムカついて、もういいっつって別れた」

そんな簡単に、と一樹は思ったが声には出さずにいた。思えばサワタの別れ話は常にこういった経緯だから。
それは遼平も一樹よりよほど詳しく知っているはずだが今回は何故か彼が口を開く。

「ケンカよりもその"わかんねー"って部分が問題なんじゃね」
「はぁ?」
「なんでもかんでも理解出来る相手と付き合って楽しいか?知らない部分を知りたいって思うから付き合うんじゃねぇの」
「…なんだソレ、めんどくさ」
「めんどくせぇよ。だから"好き"って感情から色々拗れるんだろ」
「うっせーバーカ!もう別れたからいいんだよ」

サワタは捨て台詞を吐くとガツガツ足音も荒く早足で先に歩いて行ってしまう。残された遼平と一樹は同時に溜め息をついた。

「そんな好きでもなかったのかな、彼女のこと」
「だろうね」

どんどん遠ざかっていくサワタの後ろ姿を一樹は眺めた。そんな付き合いばかりしていて彼は幸せを感じることがあるのだろうか。

「謝ったもん勝ちって?」
「え?」
「さっきの独り言」
「あぁ…環さん達のこと思い出して」

初めて肌と肌を合わせたあの週末、結局最後まではしなかった。就寝前にもう一度"致した"後、二人共ぐっすり眠ってしまったのだ。
少し首が寝違えはしたものの遼平のゴツゴツした腕枕で目覚めた時、一樹は満たされる気分を知った。
そんな自分は気恥ずかしくもあったが。

「なんか結婚までいきそう」
「え!?」
「そもそもケンカの原因もそこだったらしいし。あの日要次さんに指輪貰ったってさ」
「あ…そっか、環さんね…」

自分のした有り得ない勘違いに一樹は目元を少し赤く染めた。



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