彼の罪、歩みは光の下

□偽果
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「…ンッ…っ……」

初めて唇を合わせた時と同じ、サナのそれは柔らかくハイサムを受け止めた。
ただし互いに意識があるのはこれでやっと2回目だ。
彼はハイサムの肩をバシバシ叩いて抗議する。押しのけようと押してもみる。
しかし体格は立派な大人のハイサムはビクともしない。服を引っ張ろうと腕の辺りを掴んだところで、首の後ろを持たれた。
そこを持ち上げられ自然と開いた唇へぬるりと何かが侵入してきた。

「んん?うー…っ!…ン…ふ」

サナは驚きに目を開く。くちゅ…と唾液が絡んで音がした。その瞬間、何故だかわからずカッと体温が上がった。
なんだかじわじわと熱い。
ハイサムが触れる唇、肌に感じる掌の温もり、圧し掛かってくる重さ。逃れようとしてもしっかり押さえこまれている。
抵抗しようとしていた自分の両手はもはや力が抜け、逞しい腕に添えているだけの存在。

「…っ、ぅ……ん…っ」

幼い子どもの呻き声はいつの間にやら艶を帯び始めていた。
鼻から抜ける息も甘く響き、狭い部屋の中はシーツの衣擦れの音とハイサムがサナの唇を食む色めいた音で満ちる。

「一応確認したいんだが、初めてだよな?」
「…な、なに…が……」
「今みたいなキス」

至近距離でサナを見下ろすハイサムの唇が言葉を紡ぐ。
その内容は甘い雰囲気にそぐわない無粋なものだが、サナにとってそんな考えに至る経験が乏しい。
ただ、今が暗がりで良かったと思った。自分が今みっともない顔をしている予感があるから。
しかし心臓の音は隠しようがないほど主張していた。
ハイサムに聞こえてしまう。知られてしまう。それが堪らなく恥ずかしい。理由はわからないけど。

「お、…おい」

サナは力任せに寝返りをうった。ハイサムの視線から逃れられるし音を聞かれずにすむ。
壁際にぴったり張り付き背中を丸めた。
しばしの沈黙の後、傍らの気配がベットを降りる。
途端にシーツ全体から温もりが失せたように感じた。しかし引き止める勇気はなかった。

「おやすみ」

ハイサムから聞く初めての言葉だった。彼はあっさりと部屋を出ていく。普段の強引さは微塵もなかった。
サナはホッとしたのも事実だがそれ以上にぽっかりと喪失感に包まれた。
ここのところ毎晩一緒に寝ていたせいか、狭いはずのベットが妙に広い。
起き上がって扉を見るがもちろん彼の姿は既にない。

「……なに…」

誰ともなく尋ねる。
自分自身でも何を聞きたいのかわからない。
当然、答える声などない。

「これ、…なに……」

唯一理解できるのは自分の指先が震えていることだった。
そして今夜はハイサムが傍にいないこと。
サナは再びベットに横たわった。いつもより寒く感じてしっかりと上掛けにくるまる。
顔は扉の方を向く。開く気配のないそこをじっと見つめる。
彼の体温、重さを思い出そうとしてもうまくいかない。
ついさっきまであんなに近くにいたのに。
そもそも何故自分はそんなことを思い出そうとしているのか。
サナは焦れてほとんど無意識に枕を掴むと、扉へ投げつけた。
それはボフッとくぐもった音を立てて地面へ落下した。

普段のサナはこのような癇癪を起すことすらない。
従順であることに慣れきっていたし、それが安全であると身をもって知っていたからかもしれない。

しかし、つい先程。

何の計算があったわけでない、意図があったわけでない。まして肉欲があったわけでもなく。
サナへの"独占欲"がハイサムを動かした。
そんな子ども染みた無邪気な心と、大人びた情熱的なキスがサナに揺さぶりをかける。
頭のどこかで嫌悪している"肉体"というものが、思いがけず与えた。

(……キス…か…)

胸の中にじんわり広がっていく"快楽"だった。




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