『まいほーむ』
□四食目
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『眠れない夜』
別の世界に来た。
そんな馬鹿みたいな事が起こってしまった理由は未だ不明。
「目が覚める前の最後の記憶はある?」
そうココに聞かれ、記憶が曖昧な事に気がついた。
確かなのは"あの時"死んだと言うこと。
だが一度死にましたなんて言えるわけもなく、帰れそうにないと言うしかった。
そんな私にココは笑顔で「帰れるまで好きなだけここに居るといいよ」と言い、その行為に未だ疑問を感じながらも今はそれに甘えることにした。
それからはこの世界の事を聞いたり、私の事を少し話したり、飯を無理矢理食べさせられたりして平和な日常というやつを体験した。
夜は薬を飲んでいないのに眠れたし、昼間はココは沢山話をしてくれたから飽きることはない。
ご飯はグルメ時代と言うだけはあって美味しいし、だし巻き玉子が好きだと言ったら作ってくれた。
ベッドに横になっているだけではつまらないと言えば、テレビを部屋に持ってきて見せてくれた。
自分が望んでいたものとは違ったが、テレビが予想以上に凄かったから許した。
一度家の中を歩き回る理由を作るため厠はどこかと聞いたら、階段を降りて右の扉だと言われ、ついでに用事を済ませたら歩き回らないようにと釘を刺されたので探索はとりあえず諦める。
部屋にある唯一の窓から外を見れば空と緑とたまに通る鳥と崖しかない。
崖のすぐ側に家を建てるなんて、なんというちゃれんじゃー…。
そうこうしていると、私がココに拾われてから早くも一週間経っていた。
相変わらずココは私に構ってくれていて、出かける様子はない。
そのせいで私は厠以外の用事で部屋を出れずにいた。
今まで大人しく従っていたけどそろそろ限界だ。
じっとしているのはらしくないと、久しぶりに夜中まで起きて部屋から出る。
少しひんやりとした廊下に裸足で出た理由はもちろん厠なんかではなく、この家の散策。
わかっているのはここが二階だという事と厠の場所だけ。
家の主への罪悪感などこれっぽっちも持ち合わせていないので、手始めに気配のしない隣の部屋の扉を気にすることなく開けた。
埃が積もっているわけでもなく、普通に綺麗だ。
暗くても夜目が利く私は灯りを付けずに部屋を見回す。
沢山の本と机と椅子。
書庫のような、書斎のような…。
一つ言えるのは殺風景だということ。
私の居る部屋もそれなりに殺風景だが、どこから持ってきたのか、花が飾ってあるだけまだマシだ。
部屋の中を把握し、廊下に出て扉を閉める。
この階に他の部屋がないことを確認して階段から降りる。
気配と音を消し、一階の床に足を付ける。
するとすぐ近くに気配を感じた。
気配のする部屋の扉をゆっくり、静かに開ける。
台所、机、それとテレビで見たソファと、大きなテレビ。
気配はするのに姿もベッドも見当たらない。
気配のする方に向かってみれば、ソファにぶつかった。
まさか…。
嫌な予感がしてソファを覗き込めば、そこには大きな図体を丸めて眠るココが居た。
ソファは寝具ではないはず…。
いくら二人掛けでも、七丈(212,1m)近くある大の男では寝苦しかろう。
これを見て確信した。
私が寝ているあの部屋は、こいつの部屋だ。
無駄にでかいベッドだなと思ってはいたんだ…。
でもまさか、いくらお人好しだからって、自分の寝床を譲るとは思わないだろ?
これを見てしまったらもう散策の続きをする気も、部屋に戻る気すらも失ってしまった。
今すぐ怒鳴りたい気持ちを押し込め、ソファの横に寄り掛かる。
肘掛けに頭を乗せ、足を三角に曲げて座る。
ちく、たく、ちく、たく。
どれだけ時間が経ったのか…。
時計と風の音、そしてココの寝息を聞きながらひたすらぼーっとする。
どうやって驚かしてやろうかといくつか案が浮かんだところで思考が途切れ、相変わらず一定のリズムで音を奏で続ける時計に誘われるようにして、目を閉じた。
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