『まいほーむ』

□三食目
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『新しい朝』







「…嘘だろ…?」



窓の外を見て固まる私と一定の感覚で音を刻み続ける時計。


時計の原理はわからないが、時間がかなり進んでいる事だけはわかった。


私の中の少し前の記憶は夜の闇。


そして今私の目の前に広がるのは明るい空だ。


外をぼんやりと眺めながら、頭の中では思いもよらない出来事に混乱していた。


三日間も寝ておいて、まさか、また寝てしまうとは。


普通にべっどに横になっていただけなのに、一体何が私を眠らせたのだろうか。


環境が変わったせいだとか、疲れていたからだとか、そんな普通の理由が私に当てはまるはずがないと先ほどまで自分が寝ていたべっどに目を向ける。


思い当たるのは体に残った毒と昨日飲まされた薬の二つ。


副作用に眠気がやってくる薬なんかはよくあるし、昨日はあったはずの手の震えが消えている辺り、恐らく後者だろう。


だがまさか薬の副作用で寝てしまうとは…。


睡眠薬への体制はあるが薬の副作用なんかは数えたらきりがないので、あまり体制を作っていない。


戦闘では意味のなさない副作用がまさかこんな意外なところで発揮されるとは予想外だ。


まだ少し残る眠気を振り払っていると、昨日聞こえた入室の合図と、あの男の声が聞こえた。


気配に気づかなかったのはこれで二回目…。


情けないと自分を笑いながら、昨日と同じように気だるそうな声で入室を許可する



「おはよう。よかった、よく眠れたみたいだね」



湯気の立つ湯飲み片手に部屋に入ってきた男は立っている私に少し驚いたような顔をしてから、相変わらずの笑顔でそう言った。


何も言っていないはずなのになぜよく眠れたとわかったのか…。


少し不思議に思いながら部屋の椅子に腰を掛けた男に習うようにべっどに座る。



「そっちから来てくれて助かったよ。早速だけど昨日の続きを…」


「その前に朝食にしようか」


「あんたは焦らすのが好きなのか…?」



巡ってきたちゃんす、ここで掴みとらずに何が忍か!


そう意気込み真剣な空気で本題に入ろうとするが、爽やかな微笑みにばっさりとそれを切り捨てられた。


見事な太刀筋…。



「君は少し焦りすぎだ。一つの事を求めるその意志は素晴らしいと思うけど、馬鹿の一つ覚えのようにそればかりに気をとられては疲れてしまうよ?」



先程から変わらない笑顔から吐き出された言葉は見事に私に突き刺さり、長期戦を予感させるには十分なものだった。


だがここで退いては忍が廃る。


相手が飯ならこちらにはとっておきの"言い訳"があった。



「あんたは昨日私が粥を半分残した理由は疲れ等の影響で食欲がないのだと思っていたんだろ?けど実は、全然食欲に影響なんてなかったのよ。私昔から食が細くてね、一日おにぎり一個で十分なわけ。昨日の夜食べたし、朝はいらない。夜だけで十分。なんなら数日何も食べなくても全く問題なし。おーけー?」



ほぼ体質に近い理由。


これならば文句もあるまいと自信満々な顔をして男を見れば、やっぱり変わらない笑顔がそこにあった。



「じゃあ少しずつ沢山食べられるように練習していこうか」



先程私に毒を吐いた時のような有無を言わせないその迫力にとうとう私は言葉を失い降参する他余儀なくされた。


部屋を出ていく男の後ろ姿を見届けてから深くため息をつき、今度は短時間で同じ男に振り回される自分にため息をつく。




暫くして戻ってきた男に差し出されたのは普通の人のよりは少量だが私にとっては十分すぎる量の朝餉。


食べれるだけでいいからと言った男はこちらに向けた椅子に座り本を読んでいた。


たまにこちらを見て、私の箸の進み具合を確認している。


まるで捕虜のように監視されながらの朝餉を半分食べる事で終わらせ、べっどに体を沈めて一息つく頃には胃が悲鳴をあげていた。



「胃薬かなにか、飲む?」



そんなにっこりすまいるについ脱力してしまう。



「いらない」



こんなよくわからない男を前に脱力なんてと最初は思ったが、その笑顔を見ていると気を張り続ける事が馬鹿馬鹿しく思えてきてしまうから不思議だ。


また副作用のある薬だったらたまったもんじゃないと申し出を拒否して、べっどに沈めた体をなんとか持ち上げ椅子に座る男と向き合う。



「今度こそ…」


「次は体を拭いて包帯をかえようか」



いつの間にか用意されていた桶に溜まった水と布と包帯。


ここで反論してもまたさっきのように何も言えなくなるのが落ち…。


だったらもう最初から言うことを聞いてさっさと済ませようと、ぼたんに手を伸ばす。



「っ、外に出ているから、体を拭き終わったら教えて。包帯はボクが巻いてあげるからね」



男はそれだけ言ってさっさと部屋から出ていってしまった。


体の包帯は自分でやった方がいいかと聞こうと思ったんだけど…。


まあそのくらい自分でもできるし聞かなくていいか。


そのまま昨日やったのと同じ順番で脱ぎ始める。







朝、彼女の存在が気になって早めに目覚めてしまった。


時刻は朝の5時。


外に行き既に起きて毛繕いをしていたキッスに声をかけてから、今日はいい天気になることを確信してコーヒーを飲もうとお湯を沸かす。


沸騰するまで手持ちぶさたになってしまい、ボクの足は自然と彼女の居る部屋に向かっていた。


ドアの前から部屋の中を"見て"彼女が起きているかを確認する。


ボクの予想では慣れない場所や人を警戒して寝ていないのではないかと心配していたのだが、その必要はなかったようだ。


一定のリズムで静かに息をする彼女の姿が壁越しに見え、ほっと胸を撫で下ろす。


だがボクの手は寝ているのを確認したはずなのにいつの間にか目の前のドアを開けていた。


入ってすぐ横、そこにボクが求めていた存在が目を閉じ眠っている。


ボクが見ていたのはずっと寝顔だったから、また見たくなってしまったのかもしれない。


暑いのか布団を剥がし寝ている彼女の上に薄めのタオルケットをかけてあげ、カーテンの隙間から射し込む日の光に目を細める。


今日はいい天気になるから。


そんな理由で窓を開けた。


まだ少し肌寒い朝の空気が部屋に入ってくる。


これならタオルケットくらいが暑がりの彼女には丁度いいだろう。


時間は5時30分。


最後に彼女の寝顔を確認してから、部屋を出た。


キッチンに行き火を止め沸騰していたお湯でコーヒーを作る。


コーヒーの香りに少し顔を緩ませながら、彼女の目をまた見たいと思う。




8時、あれから何度も彼女の眠る部屋の前に行き中を"見て"彼女の目覚めを待つというのを繰り返していた。


それと同じくらいコーヒーも飲んでいると思う。


そしてとうとう待ちきれなくなり、何杯目か忘れたコーヒー片手に中を確認する前にドアを二回ノックして中に声をかける。


まだ寝ているかもしれない、今ので起こしてしまったかも…。


ノックした手を下げたところで後悔が襲ってきた。


だがそんな不安を吹き飛ばすように、「どうぞ」と中から声が聞こえた。


ドアを開ければそこにはボクが開けた窓の前で風を受けながらこちらを見る彼女が居た。


まるで映画のシーンのようなその姿につい呆けてしまい、我にかえったかと思えば開かれたその瞳にボクを写しているのを見て、少し安堵する。


長いようで短かったその間を不審に思われる前に声をかけてから近くの椅子に座った。


すると彼女はベッドに座り、突然真剣な表情になり口を開く。


実はあらかじめ予想していた言葉に内心苦笑して、すぐに却下する。


別に話をしたくないわけじゃなくて、彼女にボクの言葉を信じて貰えるようになって欲しかったんだ。


いくら真実を話そうと信用がなければそれは相手にとって真実にはならない。


ボクらは大事な話をするにはまだお互いを知らないと思った。


これは早朝何度も彼女の様子を見に行きながらじっくり考えた事だ。


お互いを知ると言ってもそれは生まれや育ちは関係ない。


ちょっとした事でいいから彼女の事が知りたい。


実は信用元々は建前で、ただ彼女の事を知りたいだけなんじゃないか…?


自分の本心が見え隠れする。


そんな考えを押し込めて、嫌がる彼女にご飯を強制させる。


このグルメ時代に食を減らすとは珍しい…。


美食屋のボクとしては是非彼女に美味しいものを沢山食べてほしいと思う。


すぐに朝御飯を作り彼女の元に持っていく。


一人前より少なめの量。


食事をずっと眺めているわけにもいかず本を読む、フリをする。


たまに彼女を盗み見れば高確率で目が合い、その度に自然な動きで誤魔化すのが大変だ。


最終的に箸が置かれたのは半分ほど減った頃だった。


これで大体は量がわかったかな…。


あとは今日1日でどのくらい食べられるかも調べなくてはいけない。


食器を片付けてから軽くメモをして、桶に水を入れタオルと新しい包帯を持って部屋に戻る。


話をしたがる彼女を微笑ましく思いながら持っていた包帯をちらつかせる。


すると彼女は意外にも大人しく従った、のはよかった。


でも行動が少し早かった。


開けられた第二ボタンに顔を反らし急いで伝えるだけ伝えて部屋を出た。



「まったく…、品、というより、羞恥心がないのか…?」



驚きのあまりつい口に出た言葉。


彼女の行動には驚かされてばかりだ。


きっと今のボクの顔は赤い。


ボクを呼ぶ声に未だにバクバクと大きく脈打つ心臓に困りながら平然を装い返事をするしかなかった。






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