『天使は微笑まない』

□「私の人生」
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母の言葉。




『お前はお兄様に似ている』




『お前が男なら…』



『お兄様のように立派な吸血鬼になりなさい』





幼い子供が一言も間違えず覚えてしまうほど、その言葉は毎日のように浴びせられ続けた。




そしてそれらの言葉より一番色濃く残っていたのは、一度だけ言われた言葉だった。





『私の兄を探しなさい。お兄様必ずどこかで生きている。お兄様に会って、そしてお兄様の力になるのよ。私にはできないか…だからあなたが…』





死に際まで、彼女の中心は"お兄様"だった。




母は父を愛していたと言った。




母は生死すらわからない兄を愛していると言った。




大きくなって思うのは、私は望まれて生まれたのかということ。




一生その答えを聞くことはできないとわかっていて、人生半分諦めモード。




施設で育てられても最初から空洞だったところが埋められるわけでもなく、学校にも行けず本や大人から聞いた話で知識を、"普通"を学んだ。




勉強は独学で、早めに働いた。




それでも私には何もなくて、母の残したあの言葉だけがそこにポツリとあった。




欲を持たず、ただただ働いた。




あの言葉しかない私は、母の願いを叶える事にしか存在理由を求められなかった。




途中高熱で死にかけたり、突然背後に幽霊が出てくるようになったという非日常を除けば、なんとか日々を生き抜いてこれた。



誰の助けもいらない、一人で生きていける年齢になっても、耳に残っているのは母のあの言葉。







そしてある日、私は決心と共に小さな旅行鞄を買った





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