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□howl
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『ねえモナムール(私の愛する子)、あなたクラッブ家の坊やに向かって早死にすると言ったの?』
義母はその儚くとも美しい顔に少し悲しげな表情を浮かべながら椅子に無表情で座っている私に尋ねた。
『ええ。だってそんな気がするんですもの』
自分が悪い事を言ったつもりなんてなかった。ただクラッブの間が抜けた顔を見てふと思ったことを言っただけだ。
断じて彼が自分の何倍も太っているからではない。ただなんとなく、そう思った……というより確信したのだ。
そのせいで、ミセス・クラッブに大目玉を食らったが。
さっさとくたばればいいのに、あのクソババア。
鼻を鳴らした私に、義母は呆れたようにため息をついた。

『ああ、モナムール。あなたは本当にあの二人にそっくりね』




談話室から飛び出したカトレアは行く当てもなく走っていた。
冬の冷たい空気は呼吸する度に肺が凍り付きそうで、息が段々苦しくなる。
通り過ぎる際に何人かのグリフィンドール生にぶつかったが、気にも留めなかった。
螺旋を描く階段を上りながら、ひたすら上へ上へと向かっていく。
誰もいない場所に行きたかった。
誰にも傷つけられず、誰かを傷つけることもない場所へ。

ついに全ての階段を上りきり、天文台の屋上に繋がる扉を押開けた。
雪のしずくが頬を濡らし、あまりの寒さに全身が凍り付きそうになる。
カトレアは息を切らしながら壁に手を当てて呼吸を整えようとした。
その間にもドラコの言葉が頭の中で何度も繰り返される。

『そのまま消えてくれればよかったのに』

その通りよ、と心の中で呟く。
こんな思いをするなら、消えてしまえばよかった。

誰にも求められない存在。
人を傷つけるだけの存在。

そんな自分に、価値などあるのだろうか。

壁にもたれかかりながら宙を見上げる。
夜空の中で雪が舞っていて、頬や髪に触れた。
カトレアはその冷たさを肌で感じようと目を閉じた。
その時。

「こんなところで眠ると風邪引きますよ」

聞き覚えのある声にはっと目を開けると、いつの間にか目の前に『彼』が立っていた。
「なんで…あなたがここに?」
「ちょっと外の空気を吸いに」
自分の顔を見て唖然とするカトレアを気にした様子もなく、彼―――レオは肩をすくめた。
「あなたこそどうしてここへ?寒いのは嫌いでしょう?」
それともボーイフレンドと喧嘩でもしたんですか?と眉を下げて笑う。
だがカトレアは警戒するようにレオをじっと見つめた。
この顔。それに何もかも知っているかのような口ぶり。
頭の中である考えが頭を過る。
彼には聞きたいことが沢山あった―――そのために休みを切り上げて帰ってきたのだから。
自分の考えが正しいという確信はない。だが真実を知りたかった。
カトレアは彼から目を離さないまま口を開いた。

「あなたが何者かは分かっている」

今夜は空が綺麗だと空を見渡していた彼はぴたりと動きを止め、彼女に視線を戻した。
「ほう」その口元は弧を描いているが、その目は少しも笑っていなかった。「ついに、ですか」
「ええ」
カトレアは神経を尖らせていた。
彼が次にどういう行動を取るのか全くもって未知数だった。
神経質に拳を握ったり、放したりしながら相手の出方を伺った。
だがレオはとてもリラックスした様子ではあっと空中に息を吐いた。
真っ白になった息が風にかき消される様子を二人はじっと見つめた。
「どうしてあなたが…?」
思わずそう尋ねようとする彼女に、彼は人差し指を唇に当てた。
そして申し訳なさそうに眉を下げた。
「すまない、‘‘レア’’。それはまだ教えることができない」
先にすることがありますから。
そう呟いてレオは指をパチンと鳴らした―――自分と全く同じ動きをする彼に驚くのもつかの間、背後にあった防壁が突如消えた。
目を見開くカトレアに彼は優しく微笑んだ。
二人が互いを見つめ合う間、全ての音が消えた。


「これも全て、きみのためだ」

そう言ってレオはカトレアを闇に向かって突き飛ばした。

まるで悪夢を見ているようだった。
一瞬一瞬がまるで切り取られた写真のようで、全てがスローモーションに見えた。
悲しげに微笑んで、背を向けるレオ。空を引っ掻くようにむなしく伸びる自分の手。大きな雪の結晶が飛んで来て目の下に落ちる。
自分の死に様がこんなものになるなんて。
まだやりたいことがあった。やるべきことがまだ、残っているのに。
だがカトレアはこんな状況にも関わらずどこかほっとしている自分に気がついた。

(あんたの勝ちよ、ドラコ)

地面に血だらけになって横たわるカトレアを見て、幼馴染みがどういう反応を見せるのか考えた。
思ってもみない形で彼の願いはかなったのだ。きっと喜ぶに違いない。
これでもうドラコを傷つけないで済むと思うと思わず口元が綻ぶ。
死の中に希望を見いだしたカトレアは目を閉じ、重力に身を任せた――――。

その時だった。
誰かの手が、カトレアの両腕を掴んだのは。

はっと目を開けると、そこにはどこかあきれ顔のノットと顔を真っ青にして怒っている幼馴染みの姿があった。
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