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□have yourself a merry little christmas
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もう無理だ。
私には耐えられない。


リーマス・ルーピンとの不思議な共同生活を初めて二日足らずでカトレアは我慢の限界に達していた。
まず、外に出る事ができない。
何度もこの古びたフラットから脱出しようと試みたが、玄関から、裏口から、窓から出ようとすると目に見えない壁に押し返されてしまうのだ。
それを知っているのか、目の前でカトレアが椅子を使って窓を割ろうとしていてもルーピンはリビングでそしらぬ顔をして紅茶を啜っていた。
どうやらルーピンの許可がなければ誰もこのフラットに出入りできない仕組みらしい。
カトレアは仕方なくプライドを捨て、ルーピンにここから出して欲しいと頼んだ。
しかし彼は小首を傾げてにっこりと微笑み「ならここ最近の生活を改めてくれるね?」だとか「ヴォルデモートととの戦いが終わるまでわたしや騎士団の皆の保護を受けてくれるね?」だとかあまりにもフェアではない頼みをしてくるものだからカトレアは怒りで口元を引きつらせながら今は自分の部屋と化した客室に戻って行くしかなかった。
もう一つの問題は娯楽がないということだ。
ルーピンはカトレアに清く正しい生活を送ってほしいのか、どれだけ頼んでも煙草や酒を買い与えようとはしなかった。
そこでカトレアは手持ちの煙草6本を大事に取っておかなけれなならず、一日に一本、どうしてもという時にだけ煙が出なくなるまで吸いきった。
しかしまともな食事を取らず、部屋にこもりって煙草をプカプカ吹かしている彼女を見かねて、ルーピンは渋々マグルが音楽を楽しむために使うという『レコードプレイヤー』を部屋に設置し、若者の間ではやっているバンドの『レコード』をセレクトしてくれた。
最初こそ抵抗があったものの、一度それを聴くなりすぐにのめり込んだ。
それからというもの、ルーピンへの反抗の意を込めて大音量で教育的によろしくない曲をかけてフラットを探索するのが唯一の気晴らしになった。

その日、カトレアはTシャツにパンティー姿で『Baby Did A Bad Thing』をBGMにガムをクチャクチャさせながら今まで一度も訪れなかった場所、つまり自分の父親の部屋に足を踏み入れようとしていた。
その部屋は客室の向かいにあったものの、どうしても中に入る気にはならず最後まで後回しにしていたのだ。
記憶にない父親の部屋に入るほど緊張するものはないな、とカトレアはぼんやりと思った。
そして意を決し、ドアノブを回すと、故シリウス・ブラックの部屋に足を踏み入れた。

中に入るなりカトレアは目を見開いた。
(なにこれ…)
まず目に飛び込んで来たのは壁にこれでもかと言わんばかりに大きく張り出されたバイクのポスター。
その横には下着同然の姿でポーズをとるマグルの女性のポスターが数枚。
他の壁はライオンの紋章が入った旗やピンバッジが留められている。
全体的に赤で黄金色でまとめられ、目に痛いくらいだ。
中央には天蓋付きのベットがあり柱の部分は少し腐りかけている。
その脇にあるランプは蜘蛛の巣が張っていて、使い物になさそうだった。
カトレアはベットの方へ向かい、シーツの埃を手で払いのけると腰かけた。何度か体を上下させるとキシキシと音が鳴った。
それからぐるりと部屋を見回した。
父親の部屋に入ってみてどんな気持ちがするのか分からず、戦々恐々としていたが何のこともない。
ブラックと自分は全くの正反対のタイプだということが明らかになっただけだ。
(何を期待していたんだろう)
親子の繋がりを感じたかった?自分と似ている部分を見つけたかった?
だがカトレアとブラックは根本的な部分から違っていた―――彼はグリフィンドールで、彼女はスリザリンだ。
部屋に入る前から分かっていたことだったのに。
壁を覆い尽くそうとする金と赤の色が、目に痛くて溜まらない。
カトレアは色から逃げるように顔を背けベット脇にあるナイトテーブルを開けた。
中のものを見るなり、ようやく笑みをこぼした。
「やるじゃん」
入っていたのは男性向けの雑誌で、壁に貼ってあるポスターとは比べ物にならないくらいセクシーな体勢で誘うように指を曲げる女性が表紙になっている。
カトレアは口笛を吹きながらパラパラとページを捲り、時々雑誌を縦にすると驚いたように眉を吊り上げた。
と、どこかに挟まっていたのか何かががひらひらと膝の上に落ちた。
カトレアは雑誌をベットに放り投げるとそれを手に取った。

それは、一枚の写真だった。

しかもブラックには珍しく動く写真―――つまり魔法界の技術で撮ったものだ。
写っているのは一組みの男女。
ホグワーツの卒業式なのか、男性の方は角帽を被っている。
ローブに貼付けられたワッペンは当たり前だがグリフィンドールのもの。
女性の肩を抱き寄せ、頬にキスをしている男性はシリウス・ブラックだとすぐに分かった。
ハンサムで、輝くような笑みを浮かべていてとても幸せそうだ。
その隣でくすぐったそうに笑っている女性も負けず劣らず目が醒めるような美人だった。
長い黒檀のような黒髪。オリーブ色の弾けるような肌。完璧に整った目鼻立ちははっきりとしていて、どことなくエキゾチックだ(おそらくスラヴ系だろう)。豊かなカーブを描く口元に、思わずこちらも微笑みそうになる。
淡いゴールドの瞳は勝ち気そうでそこがますます彼女の魅力を引き立てているようだった。

こうして見比べてみると、ブラックと女性は髪の色や顔つきがよく似ていて、まさにお似合いのカップルだった。
もしかして、とカトレアはまじまじと写真の中の女性を見た。
(もしかしてこの人が私の母親?)
彼女と自分が似ているかどうかはさておき、そもそもこの二人の顔が似ているので可能性はある。
小首を傾げながら他の角度で彼女の顔を見ようとすると、ふと他のものが目についた。
たまたま映り込んでいたのか、写真の隅の方で一人の少年が幸せそうな二人を小馬鹿にしたような目で睨んでいた。
その見覚えのある顔にカトレアは目を見開いてその少年を凝視した。
そして交互にブラックと彼を見比べる。
『弟のレギュラスだ。大義のために死んだブラック家の誇りだ』
『こうして見るともう一人の曾曾曾孫の方にも見えてくる』
フィニアス・ナイジェラスの言葉が頭を過り、ますます頭が混乱した。
(だって…この人は…)
ルーピンに確かめるべきだろうか。
いや、そうしたところで頭がおかしいと思われのが落ちだ。それに彼に頼るのはどうしてもプライドが許さない。
考え抜いた末、カトレアは写真を乱暴に丸めると、部屋に戻って荷造りを始めた。

真実を確かめる方法はただ一つ。

ホグワーツに戻るしかない。
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