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□crown on the ground
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それから数日、憂鬱な気分が続いた。
相変わらずノットとは微妙な空気だったし、幼馴染みは何をやっているか分からない。
おまけに一番の原因であるダンブルドアはホグワーツを留守にしている。
周りはクリスマス前で浮かれていたが、カトレアはルーピンと過ごすことを考える度塞ぎ込むようになった。
いっそクリスマスなんて来なくていいのに。

何をするにも怠惰になってもしまい、授業もほとんど聞いていなかった。
そのせいで、何度かスネイプに注意を受けたし、魔法薬学では鍋を破裂させた。
そして「変身術」の授業では人の変身という難度の高い課題をはじめた。
自分の眉の色を変える術を鏡の前で練習するのだ。
いざとなればいつでも変えれるのでカトレアは杖をくるくると指で弄んでいた。
「どうしたの、ソーン。ノットのことでも考えてるわけ?」
たまたま隣に座っていたパーキンソンがからかってきた。
最近スリザリン生の中ではカトレアとドラコ、ノットの三角関係が取り沙汰されていた。
三人とも同時期に塞ぎ込むようになったし、お揃いで目の下に隈ができていたからだ。優柔不断のカトレアが男子二人を惑わせているのだともっぱらの噂になっていた。
誰がそんな噂を流しているのは目星がついていたのでカトレアは目を細めてパーキンソンのパグ顔を見据えた。
「喋るのをやめないと、その口に蠅を突っ込むわよ」
脅すように杖を振ってみせると、パーキンソンは「ひっ」と小さく悲鳴を上げて慌てて自分の鏡に向き直った。
「ミス・ソーン。出来はどうです?」
ちょうど徘徊していたマクゴナガル教授が声をかけてきた。
カトレアは無言で眉の色を紫色に変えた。
目の端でくやしそうな顔をするパーキンソンが見え、少しだけ気分が晴れた。


授業が終わり、鞄に学用品を詰め込んでいるとドラコがクラッブとゴイルを引き連れ、どこかへ向かっているのが見えた。
『八階に行くところはよく見るけど』
ノットの言葉を思い出し、カトレアは鞄を肩にかけると足早にその後ろ姿を追った。

八階には何もないので滅多に訪れたことがなかった。
相変わらず何もなく、時々グリフィンドール生とすれ違うことからグリフィンドール寮はこのあたりなのだろう。彼らは不思議なものを見るようにすれ違いざまカトレアを見た。
それから暫く廊下を歩いたが、ドラコの姿はなかった。
もしかしたら談話室に戻ったのかもしれない。
このままここにいるのも時間の無駄だと判断し、方向転換しようと振り返ると、誰かにぶつかった。
視線を上げると、燃えるような赤毛が目に入った。
確か、ポッターと仲がいいウィーズリーだ。
その腕には見覚えのある女の子がべったりと引っ付いていた。目が幼馴染みを見る時のパーキンソンにそっくりだ。

「失礼」
そう言ってその場をやり過ごそうとしたが、ウィーズリーが道を塞いだ。
訝しげに眉を上げると、彼は明らかに敵意のある目でカトレアの緑と銀のネクタイを睨んだ。
「スリザリン生がここに何の用だよ」
「別に。人を捜してただけよ」
ウィーズリーの挑発的な態度を無視し、カトレアは冷静にそう答えた。
グリフィンドールとスリザリンの仲が悪いのは周知の事実だが、カトレアは特段気にしたことはなかった。
対峙しているのはドラコやパーキンソンのような一部のスリザリン生だけだし、大半は無関心を突き通している。
偏見は持ち合わせていないので授業でグリフィンドール生とペアになった時はそれなりにうまくやっている生徒もいるくらいだ。
だがどうやら目の前の彼はスリザリン生全員を目の敵にしているらしい。
腕を組み、高身長をいかして威圧的にカトレアを見下ろしてくる。
「悪いけど、スリザリンはお断りなんだ。ここにきみがいるだけで蛇の匂いがする」
「そうなの。じゃあ消えるわ」
内心うんざりしながらウィーズリーのそばを通り過ぎようとするが、彼はまたしても行く先を邪魔した。
カトレアは助けを求めて隣に居る女の子を見たが、彼女は「私のカレ素敵でしょ?」と言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべている。
だがカトレアの顔を見て、何か思い出したような表情になった。
「あらあなた――――ソーンね?」
頷くと、彼女は驚いたように目を丸くした。
「気づかなかったわ!だってあなた前と全然雰囲気が違うじゃない!」
三年前から姿を見かけなかったけど、どうしてたの?と好奇心たっぷりに尋ねてくる。
今まで何度も同じ授業で顔を見合わてきたのだけど、とカトレアは思ったが、曖昧に微笑んだ。
「ソーン?」
ファミリーネームに反応して今度はウィーズリーが目を丸くした。先ほどとは違い、興味津々にカトレアを頭からつま先までまじまじと見た。
その様子に女の子がむっとしたが、彼は気がついていないらしい。
「フレッドとジョージが…兄貴たちがきみのことを言ってた。っていうか、皆きみの噂をしてた…悪い噂をね」
そこで彼の顔がその髪と同じくらいに真っ赤になる。
彼の言いたい事が分かったのでカトレアは何も言わずうんざりとした表情を浮かべた。
その時、彼の肩越しに幼馴染みらしきブロンドの髪が遠目で見えた。
突っ立っているウィーズリーを押しのけ、足早にそちらに向かう。
ちょうど何もない壁の前で立ち止まったドラコはやってくるカトレアを見て少し驚いたように目を丸くした。
「何してるんだ、こんなところで」
だがカトレアは彼の両隣にいる二人の女の子を凝視した。彼女たちは目が合うなり恥ずかしそうに俯いた。
「可愛いガールフレンドたちね」
そう感想を漏らすと先ほどのウィーズリーのように彼は真っ赤になった。
「な…!!こいつらは…!」
「はいはい、分かってる。クラッブとゴイルでしょ」
眉を上げて適当に応じると、ドラコは頭を殴られたような顔をした。
そんな彼を無視し、カトレアはその手首を掴むとぐいぐいと引っ張って近くの空き部屋に押し込んだ。
幼馴染みは抗議したが、カトレアの手を振り払おうとはしなかった。
背中でドアを閉めると、改めてドラコと向き合った。
「あなたが誰の元で動いているかは分かってる」
と単刀直入に切り出した。
幼馴染みの眉がぴくりと反応した。彼が無意識に左の前腕を掴んだのを、カトレアは見逃さなかった。
薄青の目を細め、彼女を不機嫌そうに見据える。
「―――わざわざそんなことを言うために僕をこんな薄汚い場所に連れ込んだのか?」
「違う」
そう言って、カトレアはドラコの目をじっと見つめた。
幼馴染みは以前より随分痩せた。頬はこけ、病的に青白い肌は溺死した人のようだ。目の下にある隈は色素が薄い故により濃く見えた。
カトレアは今度こそドラコを受け止めてあげたかった。この前自分にしたように彼の気持ちを汲み取ってあげたかった。
手を伸ばし、彼の頬に触れる。ずっと子供だった頃、よくそうしていたように。
幼馴染みは驚いたように目を見開いた。
動揺したようにせわしなく動く瞳を、カトレアはしっかりと見つめた。


「私に何もかも話して。あなたを助けたいの」


一瞬、ドラコは泣きそうな顔になった。
目を伏せ拳を握りしめると突然、震え出す。
最初は小さく震えているだけだった。震えが手から腕へ、腕から肩へ伝わっていく。さらに胸から足へ広がっていった。
カトレアはこのままドラコがガラスのように砕け散るのではないかと怖くなった。
「…ドラコ」
心配して顔を覗き込むと、突然彼は動きを止めた。次に顔を上げた時、その表情は驚くほど冷たかった。
その氷のように冷ややかな目を見て、カトレアは息を呑んだ―――ルシウス・マルフォイの目だ。

「僕は選ばれたんだ」
そう言って、乱暴にカトレアの手を振り払う。
そして唖然としている彼女を憎しみの籠った目で睨みつけた。
「きみの助けなんていらない!分からないのか?僕がやらなきゃいけないんだ!」
ドラコがカトレアに声を荒げるのは初めてのことだった。
カトレアはどうしていいか分からず、ただじっと彼を見つめることしかできなかった。
頭の中が混乱していて、どうしてこうなったのか分からなかった。
一つだけ理解できたのは、自分がまた失敗したということだった。
ドラコは黙っているカトレアを一瞥すると背を向けて扉の方へ歩き始めた。

「そもそも……僕を苦しめるだけのきみに、何ができるって言うんだ?」

背を向けたまま吐き捨てるようにそう言って、ドラコは部屋を出て行った。

残されたカトレアはその場で立ち尽くしていた。
だが時間が経つにつれて悲しさとそして―――怒りがこみ上げて来た。
(どうして私がこんな思いをしなくちゃいけないのよ)

苛々しながら部屋を出ると、間が悪いことにちょうどスラグホーンが通りかかったところだった。
「おお、ミス・ソーン!」
空き部屋から出て来たカトレアに少し面食らったようだったが、スラグホーンはぱっと顔を輝かせた。
彼女があからさまに嫌そうな顔をしても気づいた様子はない。
「ちょうどきみを探していたんだよ!今夜のクリスマスパーティーに参加して貰いたくてね!ずっときみを誘おうとしていたんだが、授業の終了ベルがなるとさっさと帰ってしまうし、スラグ・クラブにも全く顔を見せないものだからついつい言いそびれてしまってね」
がっくりと肩を落とすスラグホーンにカトレアは曖昧に微笑んだ。それが狙いだったのだけど、とは口がさけても言えない。
だが顔を上げるとまたしても輝くばかりの笑顔を浮かべてみせた。「それでどうかね?今夜は」
カトレアは最初断ろうと口を開きかけた―――が、途中で気が変わった。
「ええ、是非」そう言ってにっこりと微笑んだ。「楽しみですわ」
「ほほう!それはよかった!実に!」スラグホーンが満足げに頷くと同時に太鼓腹も大きく揺れた。「美しいきみが来れば、パーティーもより一層華やかになるだろう!」
そう言って、パーティ会場と開始時間を告げるとスラグホーンはスキップしながら去って行った。
その後ろ姿が見えなくなると、不自然な程笑みを浮かべていたカトレアは無表情になった。

他の誰かに振り回されるのはもううんざりだ。
ドラコのことも。ノットのことも。ダンブルドアの策略も。
全てを忘れたい。
苦しみも悲しみも怒りも全て忘れて、楽しいことに身を任せたい。

だがそのためには、昔の自分を呼び戻す必要があった。
自由奔放に生きていた、昔の私に。
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