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□sweet dreams
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結局変な注目浴びちゃったわね。
煙草の煙をゆっくり吐き出しながらカトレアはぼんやりと思った。

あの後クラス中の視線を浴びて居心地悪くなったためマクゴナガル教授が来る前に教室を飛び出してしまった。
そのまま中庭にある大きなオークの木に向かい、その下で煙草を吸って時間を潰していた。
ここはお気に入りの場所で誰にも見られず煙草を吸えるし、干渉されないので色んなことを考えることができる。
かつて幼馴染みがこの木の上で待ち伏せをしカトレアの不品行をたしなめようとしていたが身を乗り出した拍子に地面に落ちたこともあった。
小さな親切、大きなお節介よと逆にたしなめると、彼は恥ずかしそうに顔を伏せた――――今となっては随分昔のことだ。
あの時の二人の関係は今よりずっとよかったのに、と思うと憂鬱な気分になった。
このまま午後の授業をさぼろうかと考えていると突然背後から冷たい手が現れて、カトレアの視界を遮った。

「だーれだ」

その鈴を転がすような可憐な声の持ち主はどんなに遠く離れていても特定できる。
「……私に何の用、ダフネ」
面倒くさそうに言うと、パッと手が離れて一人の少女が面白そうに顔を覗き込んできた。
肩で揃えた輝くようなブロンドの髪。
好奇心と高慢さを秘めた濃いグリーンの目。
整った顔立ちに品のある動きはまさに純血の名家のそれだった。
ネクタイのカラーは勿論緑と銀。
彼女の名はダフネ・グリーングラス。
カトレアのルームメイトでそれなりに親しい間柄の少女だ。

「やだ、感じ悪い。あんたのこと心配して来てあげたのに」
むっとしたように唇を尖らせるが、実際はそれほど怒っていないのは明らかだった。
事実、数秒もしないうちに好奇心で目を輝かせながら眉を上下させている。

「それにしてもびっくりしたわ。公然の前でザビニにアプローチするなんて!だけどあの笑顔はやりすぎ。あんたはちょっと微笑むだけでいいのよ」
「あなたに昔教わったことをやっただけなんですけど」
フン、と鼻を鳴らすとダフネはけらけらと笑った。
その笑みにつられてカトレアも笑みを漏らした。
彼女の気取らないところをカトレアは気に入っていた。

勿論、これもダフネの数ある役の一つにしか過ぎない。
男の子相手では魅力的な女の子を。大人相手では上流階級のお嬢様を。敵だと見なした者には驚く程冷徹になれる。
どれが本当の彼女かは分からないが、カトレアは今の気取らなくて少し世話好きなダフネが好きだった。

ダフネはカトレアの隣に座り、その口から煙草を奪いとると自分の唇に挟んだ。
そして煙をゆっくりと空中に向かって吐き出す。
見事な輪を描いて目の前で漂う煙を目でおっていると、ダフネがニヤッと笑うのが分かった。

「正直、本当に驚いてるの。あんたはドラコが本命だと思ってた。最近あいつと仲直りしようと必死だったじゃん」
「ノットに言われたのよ。ザビニをドラコの前で誘えって。そうすれば何らかのアクションを起こしてくるだろうからって」
そう言うと、ダフネは納得したように頷いた。
「ははーん。ノット。成る程ね。だから最近あいつとつるんでるのか。頭いいと思ってたけど、本当にそうみたいね」
カトレアは眉をひそめた。「どういうこと?」
「授業が終わるとドラコからあんたに伝言頼まれたのよ。全く、私は梟じゃないっつーの」
呆れたように目をぐるりと回す。そして指を折り曲げ、引用マークを作る。

「『ザビニとは付き合うな』ですって」
「それだけ?」
「あと誰か手配しとくから二人っきりでホグズミードには行くなとも言ってたわ。危険だから」

カトレアは拍子抜けしてしまった。
最初幼馴染みが行動を起こしたと分かり期待してしまったが、思っていたものとは違っていた。
その言い分はまるで――――。

「……保護者じゃない」
ぽつりと呟く。
「だって、相手はドラコ・マルフォイよ」
ダフネは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「世間知らずのおぼっちゃま。女は皆パンジーみたいに単純だと思ってるのよ。全ての花が全部同じ香りとは限らないのにね」
「もしかしたらドラコが来るかも」
期待を込めて言ってみるが、ダフネは持っていた煙草を振り回してその考えを一蹴した。
「それは無理。あいつ、マクゴナガルの宿題を二週連続やってこなくて罰則くらってたわ。ホグズミードは禁止」
(罰則……?)
カトレアは眉を寄せた。
あのドラコが罰則だなんてらしくない。
面倒くさがっていてもそれなりにいい成績を残すのが彼なのに。
そういえば、とカトレアは思い出した。
最近どの授業でも幼馴染みは気だるげで殆ど話を聞こうとしていなかった。まるで聞く価値がないと言わんばかりに。
一体どうしたんだろうか。
それは彼の―――今行っていることと関係があるのだろうか。
「とにかくね」
カトレアの物思いを遮るようにダフネは切り出した。
「カトレア、あんたがドラコと仲直りしようとしているのを見て私正直嬉しかったんだ。あんた達二人はなんていうか……しっくりくるのよ。ずっと一緒にいるべきっていうか……あ、パンジーには言わないでよ。あの子怒るから。でも、ドラコにはあんたが一番なのよ。パンジーじゃなくて」
カトレアはため息をついて髪を掻き上げた。
そして新しい煙草を取り出し、唇に挟むと杖で火をつけた。
煙を吐き出すと、視界が真っ白になった。
「もう分からなくなったわ。あの人は変わってしまったし……」
「ドラコは変わってないわよ。変わったのはあんたの方。今は随分といい子ちゃんモードに戻ってきたけど」
そう言って、からかうようにカトレアのポニーテールを指で弾いた。
「あのボサボサの髪に派手なメイク、毎日朝帰りしていたカトレア・ソーンはどこ行っちゃったのよ!昔のあんたは随分滅茶苦茶だったけど今はつまらなすぎるわ!」
カトレアはつんとそっぽを向いた。「悪いカトレアはどこか遠くへ行っちゃったわ。いつ戻ってくるかは謎」
「だけど、これは極端。自分のことでしょ、コントロールできるはずよ」
そう言ってダフネは立ち上がり、煙草を地面に落として足で踏み消した。

「仲直りしたいならちょっとくらいドラコの気持ちを理解してあげたら?あんたって時々……冷酷だから」

カトレアは目をぱちくりした。冷酷?
だが何かを言う前にダフネは踵を返して手をひらひらと振りながら校内に向かって歩いて行った。

残されたカトレアは煙草を指で弾き飛ばした。
それは弧を描きながら茂みに落ちて行く。
その様子を見つめながらダフネの言葉の意味を考えていた。

そして、ドラコの遣いは一体誰なのだろうと首を傾げた。
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