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□cruel to be kind
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カトレアは目の前にある酷く醜いガーゴイルの石像を睨みつけながらどうしたものかと首を捻らせた。

次の日、幼馴染みとの関係修復は不可能だと判断し、カトレアは朝一番に校長室へ直行した。
しかしながら校長室に通じる道をこのガーゴイルの石像が塞いでいて、どうしても退こうとしない。
合言葉があるという噂は聞いていたが、それが何なのか見当もつかなかった。
先ほどから適当に単語を言い続けているのだが、ぴくりとも動かない。
(仕方ないわね)
苛々も募り、強行突破するしかないと思ったカトレアはおもむろに杖を構えた。

「レダ―――」
「そこで何をしてるんだい」

呪文を言い終える前に、背後から声をかけられた。
どこか聞き覚えのある声に振り返ると、意外な人物が立っていた。
その姿を見るなり、カトレアは目を丸くした。
向こうも驚いているようでぽかんとした表情をしている。

「ルーピン先生?」
「驚いたな。カトレアじゃないか」

そう言うなり、リーマス・ルーピン前教授は親しげな笑みを浮かべた。
「元気だったかい。随分背が伸びたね」
「先生も相変わらず……」
ちらりと彼のボロ雑巾並みに縫い合わされたローブと傷だらけの顔に目をやる。「……大変そうですね」
「まあ、こんなご時世だから」
仕方ないよ、と苦笑する姿は3年前と殆ど変わっていなかった。
カトレアは同寮のスリザリン生とは違い、この狼男が嫌いではなかったが一緒にいるとなんだか落ち着かなくなるので苦手だった。
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、彼は笑みを受け別づけた。
「それで?どうしてこんな朝早くからこんなところにいるんだい」
「先生こそどうして学校にいるんですか」
「ダンブルドアに呼ばれてね」
そう言ってルーピンはさっと周りを見渡した。
そしてぎりぎり聞こえるくらいまで声を落とした。
「―――騎士団の件で」
カトレアはどきりとした。
聞いてはいけない秘密を聞いた気分だ。
スリザリン生で、まだ成人にもなっていない子供の自分が、知ってもいいことなのだろうか。
そしてふと思った―――ルーピンは、カトレアとシリウス・ブラックの関係をどこまで知っているのだろうか。
「―――私もダンブルドアに用事があって」
だがそんな疑問は顔に出さず、カトレアは冷静にそう言った。
ルーピンはにっこりと微笑んだ。「そうか。なら一緒に行こう―――合言葉は『ペロペロ酸飴』」
するとガーゴイルが突然生きた本物になり、ぴょんと飛んで脇により、その背後にあった壁が左右に割れた。
「おいで、カトレア」
唖然としているカトレアに向かってルーピンが手招きした。
「あと、先生と呼ぶのはやめてくれないか。もうそうじゃないんだし、きみは私の授業に殆ど出席してなかったただろう?」
そう言って茶目っ気たっぷりに眉を上下させる。
カトレアは気まずくなって壁にある染みに気をとられているふりをした。
「リーマスでいいよ」
と彼は優しく言った。






校長室にダンブルドアはいなかった。
しかしながら部屋の中はなんとなくダンブルドアらしいもので溢れていた。
奇妙な銀の道具、紡錘形の華奢な脚がついたテーブル、変な音を出すマグルの玩具などなど…。
壁には歴代の校長先生の写真が掛かっていたが、額縁で皆すやすやと眠っていた。
そして扉の裏側には金色の止まり木があり、とても美しい鳥が止まっていた。
不死鳥だ。
瞑らな瞳で、首を傾げながら興味深そうに彼女を見つめている。
思わず手を伸ばし、その嘴に触れた。
不死鳥は嬉しそうな鳴き声を上げて、その手に甘えるように嘴を擦り寄せた。
「お前、可愛いね」カトレアは微笑んだ。
「フォークスだよ」とルーピン。「きみのことが気に入ったみたいだ」
そう言って、彼は口を閉ざした。
振り返ると、ルーピンは懐かしむような目でカトレアを見つめていた。

「きみはシリウスにそっくりだ」

優しく、愛情に満ちた口ぶりだった。
先ほどとは全く違う変化にカトレアは驚きを隠せなかった。
ルーピンはそばに寄るとカトレアの顔をじっくりと眺めた。目にはまだ驚きが残されていた。
「初めて会った時に気づかなかったなんて自分が信じられないな。どうして気づかなかったんだろう―――こんなにも似ているのに」

一言一言にルーピンの苦悩や後悔が伝わってきて、カトレアはどうしていいのか分からなくなってしまった。
フォークスから手を離し、スカートの裾を無意識に引っ張った。
居心地が悪くて堪らない。

「シリウスとは学生時代からの親友だった」
そう言ったルーピンは自分が過去形で話していることに少しショックを受けているようだった。
彼もまた無意識に視線を落とし、シャツのボタンをいじった。
「……理解不能で、滅茶苦茶で―――そしていい奴だったよ」
カトレアは曖昧に相槌を打った。

暫くの間、二人は黙りこくった。
こんなに気まずい時間は生まれて初めてだった。
カトレアはこういう状況に対応する術を知らなかったため何を言えばいいのか分からず途方に暮れた。
なのでルーピンがようやく口を開いた時はほっと胸を撫で下ろした。

「もっと早くきみの存在を知っていれば」
ルーピンはくやしそうに呟いた。「もっと早くきみを引き取ることができたのに」
「引き取る?」
彼の言葉に違和感を感じ、カトレアは眉を寄せた。
「どういうことですか、引き取るって」
「カトレア」
ルーピンは彼女の肩をそっと掴むと、小さな子供に言い聞かせるように辛抱強く言った。
「世間はもう安全だとは言えないんだよ。きみ一人で暮らすなんて危険すぎる」
「いいえ。私は大丈夫です」
ルーピンの手を乱暴に払いのけると、カトレアは目を細めて彼を睨みつけた。「一度も危険なんて感じたことなんてない」
ルーピンは何か言おうとしたが、カトレアの背後にいる誰かを見て口を閉ざした。
その人物が誰かは振り返らなくても分かっていた。

「どういうことですか、校長」

ルーピンを見据えながらカトレアは尋ねた。
「ちょっとした誤解があったようでのう、ミス・ソーン」
気に触るほど穏やかな口調でアルバス・ダンブルドアは言った。
近づいて、二人の間に立つとルーピンに顔を向けた。
「リーマス。この子は大丈夫じゃ。どんなことがあっても一人でやっていける」
「冗談でしょう、ダンブルドア」
ルーピンは信じられないというように目を見開いた。
「彼女は子供だ。デスイーターに狙われたら誰が彼女を守るんですか!」
「子供かもしれないが、ソーン家の当主でもある」
ダンブルドアは静かに言った。
「それに杖がなくともこの子はそれなりの魔力を発揮できる能力もある」
そう言って、ダンブルドアは輝くブルーの瞳で、意味深にカトレアを見遣った。

「きみも驚くような結果を、この少女はもたらしてくれるじゃろう」

彼の言わんとしていることが分かり、カトレアは固まった。
計られた、と思った時にはもう遅かった。
「それでカトレア」
ダンブルドアは唖然としている彼女の顔を無邪気に覗き込んだ。「こんな早朝に、わしに何の用かね?」
カトレアはダンブルドアを睨みつけた。
ドス黒い感情が心に染み渡ってきて、今すぐこの老人を八つ裂きにしたい衝動にかられた。
だがそうはせず、無理矢理笑みを貼付けた。

「何でもないです、先生」

明らかな脅しだ。
ダンブルドアは、幼馴染みを救わなければ、自分を鳥かごに閉じ込めようとしている。
素性もよく分からない狼男のそばに。
(冗談じゃない)
まっぷらごめんだ。
そんなことがあっていいわけがない。

ドラコと仲直りしなくては。できるだけはやく。

そんなカトレアの気持ちを知ってか知らずか、ダンブルドアは優しく微笑んだ。

「早くお行き。朝食を食べ損なってしまうよ」

カトレアは大げさにお辞儀すると、校長室から出て行った。
その間にも、ドラコとどう関係修復できるかということに全ての脳細胞を使って激しく考えをめぐらしていた。
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