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□beating heart
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新学期早々談話室の掲示板に張り出された『姿現し』の練習コースの告知に珍しくスリザリン生が沸き立っていたが、カトレアはお構いなしにソファーの上で横たわりぼんやりとしていた。

あれからカトレアはノットに抱えられるようにしてスリザリン寮に戻ったが、あまり記憶に残っていない。
彼は何も言わず、ただ頭をぽんぽんと無造作に撫でてそのまま部屋に引っ込んでしまった。ノットのそういうところが本当に好きだと思う。

だけど自分がまるで世界一最低な人間になったような気分はどうしても拭い去ることができなかった。
常に自分を守ろうとしてくれたドラコ。無意識のうちに何度も彼の心を踏みにじっていた自分。
時々レオのことも頭を過った。どうして彼は自分を殺そうとしたのか。そして何が必要なことだったのか。

考えることが沢山ありすぎて思わずため息が出る。
世界がもっと単純だったらよかったのに。

それからというものカトレアはまるで修道女のように過ごした。
授業には毎回参加し(例え苦手なスネイプでも)、スラグ・クラブにも少しずつ顔を出すようになった。
スラグホーンは温かく歓迎してくれたが、カトレアの魂胆は他にあった。
極端に落ち着いて、授業が終わると度々三階の女子トイレに閉じこもるようになった彼女にダフネやカロー姉妹は心配しているのか、それとも純粋な好奇心か、寝室に戻るなり何があったのか聞き出そうとしたがカトレアは肩を竦めるだけで何も言わなかった。
これ以上人を傷つけるのは避けたかった。できるだけ口を開かず、随分と昔に叩き込まれた愛想笑いを駆使し穏便に過ごそうと考えた。
ドラコに対する詮索もやめた。
あれだけ傷つけておきながら彼を見張るなんて自分勝手過ぎると思った。
自分にできることは何もない。ただ時折幼馴染みが変装したクラッブやゴイルを連れて八階へ行くのを見かける度、胸が締め付けられた。
彼が何をしているのか分からないが、成功して欲しいと思う。



それからドラコともノットとも微妙な距離感を保ちながら数週間が経ち、極端に『まとも』な生活を続けてストレスが溜まっていたのかついにカトレアは体調を崩してしまった。
マダム・ポンフリーに『気付け薬』を貰うため、フラフラとした足取りでホスピタル・ウィングにたどり着くと、ちょうどドアを開けたウィーズリーの双子とばったり顔を突き合わせてしまった。

「これはこれは」
「スリザリンのデンジャラス・クイーンじゃありませんか!」

げっと顔をしたカトレアとは正反対に双子は新しい玩具を見つけた子供みたいにぱっと顔を輝かせた。
三人とも親しい間柄ではなかったものの、あの忌々しいターガリエン繋がりで顔見知りではあった。
彼らのエンターテイメントに富んだ悪戯は嫌いではなかったけれど、スリザリン生とは全く違うそのハイテンションぶりにはついていけない。

「きみ随分落ち着いたな。一瞬誰か分からなかった」
「あのきみが変われるなら俺らも変われるかもな、ジョージ」
「そりゃあ無理だろ。特にお前は」

同じ顔を見合わせてケラケラ笑う。
まるで置いてけぼりを食らった気分だ。

「―――それで、どうしてここにいるんですか、先輩」
まだ笑っている双子にカトレアは表情を変えないまま腕を組み、皮肉っぽく『先輩』の部分を強調してみる。
だが彼らは皮肉が分からないのか、それとも気づいていても気にしていないのか、どうでもよさそうに肩をすくめた。

「なに、うちのロニー坊やがね」
「変なもん飲んでえらい目にあったんだよ。ったく、他人がくれた物には注意しろって言ったのに」

ウィーズリーの男の子、といえばあのハリー・ポッターとよくいる長身ののっぽだろうか。
双子の口ぶりからしてそんなに大事に至ってはいないようだが、一瞬幼馴染みの顔が頭を過った。

(まさかね…)

「なあ、ハリー。デンジャラス・クイーンにもあの時の話をしてやれよ」
「きみ、彼女と話したがってただろ?」

思わず顔が強ばった。
双子に気を取られていたが、その後ろにはちょっと困った顔をしたハリー・ポッターが立っていたのだ。

カトレアは今すぐ引き返したい気分だったが、さすがに不自然で無駄な注目を浴びるだけだと思いなんとか踏みとどまった。

「やあ。きみ、ソーン…だよね?」

突然前に突き出されたポッターはぎこちなく笑みを浮かべた(童貞なのかしら?とカトレアは思った)。「少しきみに聞きたいことがあって」

自分の名前は名乗らないわけ。さすが選ばれし者だわ。
内心苛立ちを感じながら顔には出さず、無表情で彼の頭上にある蜘蛛の巣を見つめた。
反応のない彼女にポッターはどうしていいか分からず、助けを求めるように双子を見遣ったが、彼らは何か他のことを喋っていて眼中にないようだ。

仕方なくポッターは意を決したように話を切り出した。

「あの、きみドラコ・マルフォイと仲がいいだろ?あいつのことで聞きたいことがあって…」

「仲はよくない。ただの幼馴染み」

カトレアは目を合わせず早口で答えた。
自分が信じられない。あのポッターと喋っているなんて!
しかも彼はドラコを気にしているらしい。まあ、今までの幼馴染みの行動は不自然過ぎるので、ポッターが何か勘づいても仕方ないかもしれない。
だけどカトレアも彼が何をやっているのか分からないので見当違いもいいところだ。

ポッターは期待するように口を開きかけたが、カトレアは手を振って一蹴した。

「悪いけど私は何も知らないし、知っていたとしても言う気はないから。そもそもなんで私が口を割ると思ったのか理解できない」

刺々しい言葉がすらすらと出てくるあたり、自分はやはりスリザリン生なのだと思う。こんな時に自覚するのも変な話だが。
ポッターもそう思ったのか、一瞬むっとしたように唇をへの字にする。
双子がちらりと目配せし合うのが見えたが、カトレアは気づいていないふりをした。

「―――きみは他のスリザリンの連中とは違うとは思っていたから」

先ほどとは違って、少しぶっきらぼうに返事をするポッター。

「違う?違うってどこが?」その言葉にカトレアは少し興味をそそられたが相変わらず彼とは目を合わせなかった。
「きみは……」ポッターは言葉を探しているようで、眼鏡の奥のグリーンの目がせわしなく動いた。

「きみは……僕が知っている人に…どこか似ているんだ」


その言葉の意味が分かり、カトレアは思わず固まる。
そしてようやくポッターと目を合わせた。
彼の瞳はスリザリンカラーのグリーンだったけれど、その瞳の中に写真のシリウス・ブラックと同じ輝きがあり、思わずドキリとした。

ポッターの目に自分はどう写っているのだろうか。
分からないが、ブラックや彼自身が持ち合わせている輝きは自分にはないと彼女自身知っている。

「―――悪いけど、助けにはなれないわ」

俯き、小さな声で呟く。
なんとなくポッターが苦手な理由が分かった気がする。
彼はカトレアが欲しいものを持っていて、一方の自分はその逆だからだ。
シリウス・ブラックが持っていたもの。カトレアにはないもの。
それが浮き彫りになるから、彼が嫌いなのだ。
彼女の気持ちを察したのか、ポッターは「そっか。困らせてごめん」と素っ気なく言って、先に歩き始めた双子の後を追った。
「カトレア」
宙を見上げてため息をつくと、双子が同時に名前を呼んだ。
そちらに視線を向けると、彼らは立ち止まり、カトレアを見つめていた。

「きみ、ターガリエンの話を聞いたかい?」

カトレアは訳が分からず、眉を上げた。「エルンスト?なんで?」

「あいつ殺されたんだよ」

双子の一人があっさりと言った。

「デス・イーターと一悶着あったらしい。数日前、エディンバラで遺体が発見された。残念だよ」

カトレアは何も言わず、気まずそうな彼らに背を向けホスピタル・ウィングに入った。
マダム・ポンフリーに気付け薬を渡され、そのまま何事もなかったように寮に戻るといつ泣いてもいいようにシーツにくるまった。

そして驚いた。

彼の死を聞いても、悲しむことができない自分に。
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