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□howl
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相変わらずこの談話室の寒さったら尋常じゃないわ。


ロングコートにマフラーを巻き付けているのにも関わらず歯をガタガタと鳴らしながらカトレアは『古巣』に戻った。
クリスマス休暇はまだ数日残っていたし、元々家族の絆を大切にするスリザリン生なので談話室は案の定誰もいなかった。
寮に行って荷物を置き、髪を結わえながら暖炉の火を求めて談話室へ向かうとちょうど戻って来たセオドール・ノットとばったり出くわした。
クリスマス前の出来事を思い出しカトレアはそのまま無視しようと思ったが彼のやつれた表情を見て気が変わった。
「―――あなた大丈夫?」
ノットは答えない。ただ肩をすくめて、ふらふらとした足取りで近くにあるソファーに座り込んだ。
その後ろ姿は以前より一回り痩せているようだった。
カトレアはどうしていいのか分からなかった。
このまま放っておくべきなのか、それとも…。
悩んだ末、やはりどうしても無視することはできず彼のそばに近づいた。
気になってしまうのは多分、彼がドラコに似ているからなのだろう。
カトレアがそばにいることを気づきつつもノットは思い詰めたように手を組んでそれを見つめていた。
「ポリジュース薬は難しいわよ」
彼から魔法薬のツンとした匂いがしたので、あてずっぽうに言ってみた。「別に気にしなくても―――」
「親父と約束した」
彼女の言葉を遮り、彼はぽつりと呟いた。
「約束したんだ、必ず、ポリジュース薬を成功させて、アズカバンから脱獄させてみせるって」
「どういう意味?」カトレアは訳が分からず、目を細めた。
「簡単な計画のはずだった」ノットは自分に言い聞かせるように手を見つめながら言った。薬品のせいで指は染みだらけ、それに材料を切る際に切ったのか、深い切り傷もあった。
「僕がポリジュース薬を作って、アズカバンにいる親父と成り代わる計画だった……親父は若くない。病気持ちだ。あんなところにいて耐えられるわけがないんだ…。僕が親父を救わなくちゃいけないのに…」
そう言って、彼は項垂れて頭を抱えた。
こんなノットを見るのは初めてで、ますます頭が混乱した。
だが同時に頭の中の冷静な部分が彼の行動が不可解だと言っていた。

「どうして?」カトレアは思わずそう口走っていた。

「どうしてそんなに『他人』のことを気にかけるの?」

ノットは顔を上げて理解できないとばかりに目を細めている彼女を見た。
カトレアには分からなかった。
例え父親を脱獄させても牢獄に入るのはノット自身だ。
彼自身が幸せにならないことをどうしてする必要があるのだろう。
だがこちらを見るノットの目は心底軽蔑しているようで、それ以上考える前に思わず息を呑んだ。

「―――きみには分からない」
彼は吐き捨てるようにそう言った。

「きみには、家族がいないから」

言葉に詰まった。何を言っていいか分からなくなる。
唖然としているカトレアを見てノットは「悪い」と言って目を逸らした。
炎に照らされた彼の表情は怒りではなく苦悩が浮かんでいた。
「……確かにいい父親じゃない。家族より任務を優先する人だったし、愛情を表現したこともない。心配した母が倒れてそのまま死んでしまった時は本気で憎くて溜まらなかった―――だけど」
ぐっと拳を握りしめる。

「あの人は、僕のたった一人の家族なんだ」

カトレアは黙って俯いた。自分の影が炎のそれによってかき乱されていく様子をじっと見つめる。
こんなにも自分が情けないと思ったのは初めてだった。
「もうきみとは距離を置きたい。一緒にいると、感情的になってしまうから」
ノットは落ち着き払った様子で静かにそう言った。
「だからきみとの約束はおじゃんだ。きみがあの件を誰にバラそうとどうだっていい。画策してきみとマルフォイの仲を取り持つのも、どうだっていいんだ」
カトレアは頷こうとした。
が、背後から聞こえて来た声に凍り付いた。


「へえ。そういうことだったのか」


まるで世界が止まったようだった。
どうして考えられなかったんだろう。ここはスリザリンの談話室で彼が来る可能性は高いのに。
カトレアはまるで機械のようにぎこちなく振り返った。
ドラコ・マルフォイは腕を組み、蔑んだ目で彼女を見つめていた。

「きみのことをずっと考えていた」
幼馴染みは先ほどのノットと同じように吐き捨てるようにそう言いながら近づくが一方のカトレアは怯えたように後ずさりした。
「あの時に言った言葉を謝ろうと何度も思った。きみが傷ついたのは分かっていたからな。だけどきみは―――」
ドラコはもう目の前に来ていた。カトレアは後ずさりしようとしたが、背後は壁だった。
幼馴染みは嫌悪に満ちた表情で彼女を睨んだ。

「きみは人の気持ちが分からない―――理解することができないんだ。だからそうやって平気で人を傷つけることができる。きみが理解できるのは自分のことだけさ!」

そう叫ぶと乱暴に肩を押す。
カトレアはショックを受けたように立ち尽くした。
ドラコがこれほど怒っている姿を見るのは初めてだったし、こんな風に彼女に触れたことは一度もなかった。
カトレアは助けを求めようとノットを見たが、彼は巻き込まれたくないのか、それとも興味がないのか、じっと暖炉の炎を見つめていた。

幼馴染みは首を振りながら、自分の愚かさを悲しむように鼻柱を揉んだ。

「僕が馬鹿だったよ―――どうしてきみなんかを助けたんだろう。そのまま消えてくれればよかったのに」

ドラコの残酷な言葉を聞きながらカトレアは自分が震えているのが分かった。
唇からはじまり、肩から足にかけて全身が震えていた。
少しずつひび割れていき、最後には砕け散りそうになる。

この場から逃げ出したくてたまらない。
ドラコの嫌悪に満ちた目と無関心なノットの存在に耐えられそうにない。
これほどまで複雑な状況に対処する方法を、カトレアは知らない。

ドラコはまだ何かを言っているが今はもう雑音にしか聞こえない。
壊れたラジオ。永遠に失われた関係。
その全ての原因が自分にあることが、耐えられない。
だからこそ、逃げ出したいのだ。

次の瞬間、カトレアはドラコを勢いよく突き飛ばすと走り出した。
彼に「カトレア!」と名を呼ばれたが彼女は振り返らなかった。
目の端でノットが緩慢な動きでこちらを見た気がしたが、それはもうどうだっていい。

カトレアは談話室から飛び出すとそのまま走り抜けて行った。
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