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□crown on the ground
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ホグズミード以来、カトレアとドラコの関係は以前のようにぴりぴりしたものではなくなった。
目が合ってもそっぽを向くことはないし、魔法薬学では一緒にペアを組むこともあった。
しかしながら交わす会話は儀礼的なものだし、時々気まずい空気になることもある。

カトレアにはその原因が自分にあることが分かっていた。
あの時、幼馴染みを励ますべきだったのに彼女は真実を聞く勇気がなかった。
そのせいでドラコは傷ついた―――それでも彼はカトレアの心を傷つけないように咄嗟に嘘をついたのだ。
そんなことをする必要はなかったのに、とカトレアは彼のブロンドの髪が目の端に過る度にそう思った。
そして人のことを理解できず、助けるばかりか助けられてばかりの自分に嫌でも気づかされた。

そしてもう一つ、新たな問題が浮上した。

ノットのことだ。

元から無口で一匹狼の彼だが、最近はより不機嫌に、そしてことさら人を寄せ付けなくなった。
明らかに苛々しているようで談話室で一人肘掛け椅子に座って塞ぎ込んでいる姿を度々目撃している。
ザビニが喧嘩を吹っかけてくると、以前は無視を決め込んでいたのに無言呪文で全身金縛り術をお見舞いしていた。
彼がこれほど殺気立っているのは珍しく、たまたまそばに居合わせたドラコでさえ面食らっていた。
そして他のスリザリン生はノットに怯え始め、彼を遠巻きにした。

カトレアはこちらに背を向けて暖炉の火を睨んでいる彼を見て、何に苛ついているのか考えた。
ノットとは友達ではないとはいえ、それに近い関係だ。
それに彼には借りがあるし―――何とか力になりたかった。
そこでいつものように彼の隣の席に座り、足を組んだ。突然やってきたカトレアにノットの眉が少しだけひそめられたが、何も言わなかった。
「なんでそんなにむかついてるの?」
暖炉の中で燃え盛る炎を見つめながら尋ねた。「ポリジュース薬がうまく作れないの?」
「…あんたに関係ない」
図星だったらしい。ますます彼の眉がひそめられ、一本に繋がりそうになる。
「地下牢でくすねてくればいいじゃない。ずっと目の前に置いてあるんだし」
スリザリンらしくそう指摘すると、トパーズ色の瞳で睨まれた。
「それじゃ意味ない」
今度はカトレアが眉をひそめる番だった。
そもそもノットがどうしてポリジュース薬なんかを作る理由が分からない。立ち入らないと約束したのだから。
ノットがいう「意味」とは、ポリジュース薬を作る理由に繋がるのだろうか。
そんなことを考えていると、ノットが驚きの言葉を口にした。
「それにマルフォイのヤツがカササギみたいに毎回くすねてる。いつかはスラグホーンにバレるのは目に見えてるよ」
「ドラコが?」
寝耳に水だった。
驚いて目を丸くするとノットは「何にも気づかないんだな」と呆れたような顔をしたが、カトレアは無視して再度尋ねた。
「でもどうして?」
「さあね。クラッブとゴイルを連れて八階に行く所はよく見かけるけど」
「八階なんて何もないじゃない」
「悪いけど、女王様。僕に言えるのはこれだけさ―――『そのくらい自分で調べろ』」
吐き捨てるようにそう言い放って、ノットは勢いよく立ち上がった。
唖然としているカトレアを気にもとめた様子もなく、彼は談話室から出て行った。

ノットは常にカトレアに対して礼儀正しかったし、親切だった―――そんな彼に、あのような態度をとられ、カトレアはショックを受けた。
そばにいたパーキンソンがザビニと何やら話しているのが聞こえたが、無視して足を椅子に上げて腕で抱きしめた。
それからずっと、談話室に誰もいなくなるまで彼女はその場から動かなかった。
スネイプの授業が午後からあったが、行く気力が湧かなかった。
どうして自分はこれほど人の気持ちに無神経なのだろう、とカトレアは思った。
昔からずっとそうだった。人がどうして自分に怒るのか全く理解できなかった。
思い返せばドラコとの関係もそうだ。
いつの間にか彼はカトレアの前から姿を消し、二人の間には海より深い溝がある。
その原因を作ったのはおそらく自分だが、何がいけなかったのかが分からない。
幼い頃、義母に言われた言葉がふと頭を過った―――『あなたは心のボリュームが低いから、周りの音も聞き取りづらいだけなのよ』。
そう優しく微笑んだ彼女を思い出すと、なんともやるせない気持ちになった。
あの人がこの場にいたらどんなに心強いだろう。
心が揺さぶられるのを感じ、カトレアは膝に顔を埋めた。

その時――――


「そこのきみ」

頭上から、聞き慣れない声が聞こえてきた。
驚いて顔を上げるが、そこには誰もいない。
「こっちだ、こっち」
不思議に思って周囲を見渡すと、苛立った声が上から降り注いできた。
視線を上げてみると、暖炉の真上の壁にかけてある肖像画の人物と目があった。
こっちを見て不機嫌そうな顔をしているところを見ると、どうやら彼が声の持ち主らしい。
尖った山羊鬚を生やした、賢そうな老人だ。
よくは知らないが、確かスリザリン出身者で初めて校長となった人物で、彼を讃えるために生前の絵がここにあるのだと誰かが言っていた気がする。
「フィニアス・ナイジェラスだ」
カトレアの表情を読み取ったのかぞんざいな口調でそう名乗った。「確認だが、きみはカトレア・エリザベス・ソーンか?」
頷くと、フィニアス・ナイジェラスは品定めするように目を細めてカトレアの顔を見つめた。
「ぞっとするほどあいつにそっくりだな」そう言ってフンと鼻を鳴らす。
「あいつ?」
「あのろくでもない曾々孫だ。きみの父親でもある」
眉を上げると、老人は不愉快そうに説明した。
そこでカトレアは肖像画の下にあるプレートに気がついた。

『フィニアス・ナイジェラス・ブラック』

「あなたシリウス・ブラックの先祖?」
「そして、不可抗力ながらきみの先祖でもある」
フィニアス・ナイジェラスは不機嫌にそう言った。
どうやら彼はカトレアをお気に召さないらしい。
「思えばきみが三年の時に私の肖像画に向かって酒のボトルを投げつけた時から気がつくべきだったよ。身内に対して敵対意識を持つのはブラック家の特徴だからな」
苦々しくそう言って、肖像画の端についた染みを指差した。
それを見て、カトレアはああ、そんなこともあったなと人ごとのように思った。どうりであの時、絵の向こうから悪態が聞こえてきたわけだ。
フィニアス・ナイジェラスは腕を組み、髪を三つ編みにしてちょこんと座っているカトレアに少し感心したように眉を吊り上げた。顎をツンと上げて彼女を見下ろす。
「あの頃と比べて今は随分しおらしくなったじゃないか、え?こうしてまともを装っていると、もう一人の曾曾孫の方にも見えてくる。あっちの方はブラック家の名に恥じない生涯を送ったがな」
「もう一人?」
「弟のレギュラスだ」フィニアス・ナイジェラスは面倒くさそうに答えた。「大義のために死んだ、ブラック家の誇りだ。兄の方は、どこの馬の骨ともわからん女との間に子を残しただけだったがな―――少なくともブラック家の血を途絶えさせなかったわけだ」
「本当にブラックの娘とは限りませんわ」
カトレアは冷ややかに言った。段々とこの肖像画の人物に嫌悪感が募っていた。「証拠もないし」
「証拠はきみだよ」フィニアス・ナイジェラスは眉を上下させた。「きみを時々見ていたが、その興味がないもの・人に対する残酷ともとれる冷たい態度。だが自分が欲しいと思っているものに対しては目を見張るほどの貪欲ぶりだ。おまけにその顔ときたら。きみがあいつの娘だというのは火を見るより明かだ」
それに授業をさぼる悪習も受け継いでいるらしい、と小馬鹿にするように付け加えた。
カトレアは言い返そうと口を開きかけたが、フィニアス・ナイジェラスは鬱陶しそうに手で空を振り払う仕草をした。
「ここに来たのはきみと無駄な話をするためじゃない。ダンブルドアから言づてを預かっている」
ダンブルドアの名を聞いてカトレアの背筋が自然と伸びた。だが次に続くフィニアス・ナイジェラスの言葉は驚くべき内容だった。

「きみはクリスマス休暇あの狼男のルーピンとかいう男の家で過ごさなければならん」


その瞬間カトレアは弾かれたように立ち上がった。
信じられない思いで、肖像画を食い入るように見つめる。
「冗談でしょ?」
「悪いが、私は冗談を言える人種ではなくてね。特に身内に対しては」
爪の隙間を見つめながらフィニアス・ナイジェラスは言った。
「嫌よ。それならホグワーツにいる方がまし」
「誰もきみの意見なぞ興味ない、エリザベス。ダンブルドアの言う通りにしたまえ」
「Fuck it(くそくらえだわ)」
カトレアの暴言に彼は呆れたように目をぐるりと回した。
「やれやれ。ソーン家の教育はどうなってるんだ……」
「そんなことはどうでもいいのよ。ダンブルドアと話がしたい」
「残念だが、校長は私情で学校にいない。かなりの長期間戻ってこないそうだ」
だからホグワーツではなく、ルーピンの家に……。
カトレアは舌打ちをしたい衝動に駆られた。
だからって何の断りもなく勝手に物事を進めるなんて。
彼女の感情に反応してか、テーブルにあった花瓶が音を立てて割れた。
フィニアス・ナイジェラスの視線がそちらに向かう。
「だから子供は嫌なんだ……」とぼやくがカトレアは無視した。
フィニアス・ナイジェラスの話をこれ以上聞くのは嫌だった。先祖に当たるとはいえ、好きになれる要素がミクロ分もない。
肖像画に憎しみの籠った一瞥を送り、背を向けて静かな自室に向かう。

「ああ、あと一つ」

背後の肖像画が声を張り上げた。

「スラグホーンのクリスマスパーティには参加しておけとのことだ」

カトレアは我慢しきれず舌打ちをした。
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